一年目のクリスマス


――クリスマスは書き入れ時なんだ。

まだ高校生だった頃、瑛くんが机の中にこっそり残しておいてくれたメモにもあった通り、やっぱりクリスマスは書き入れ時で、とても忙しいのだと思う。それは客観的にも理解出来ることだし、主観的にも強く感じることだった。瑛くんもわたしもアルバイト。イブもクリスマスも。

大学生になった今よりも高校生の頃の方が一緒に過ごす時間があった気がする。あの頃は、学校主催のクリスマス・パーティーがあったから、クリスマスイブも何だかんだで一緒だった。……珊瑚礁も、あったし。その頃のことを考えると少し、胸が痛む。

ネガティブな思考に飲まれそうだったので、空を見上げてみる。凍えるほど寒い夜だけど、その分、空気が澄んで、星がきれいに見える気がする。夜空に白い息が吸い込まれていく。……雪は、降るかな。降らないかな。降ったら、ホワイトクリスマスだな。時計を確認してみる。日付が変わるには、まだもう少し時間がある。……瑛くんはまだアルバイト、頑張ってるのかな。店長さんから、どうしても出てほしいと言われたイブの夜、瑛くんもアルバイトを頑張ってるんだと思ったら、わたしも頑張れる気がした。まだ明日もアルバイトだけど、頑張ろう。

「早く帰って休んだ方が良いよね」

一人呟いて、納得して、帰路を急いだ。





家に帰って、お風呂に入って、あとはもう休むだけ……というところで携帯が鳴った。瑛くんからだ。

「もしもし」
「もしもし。もう家?」
「うん、帰ってるよ。寝るとこだった」
「ふぅん」
「瑛くんは?」
「俺は今帰るとこ」

時計を確認する。もう日付が変わっている。

「遅くまでお疲れ様です」
「うん、疲れた。帰ったら寝る」
「うん、気をつけて帰ってね。今日は忙しかった?」
「イブだしな。忙しくなかったらウソだろ」
「そっかぁ」
「おまえんとこは?」
「忙しかったけど……本当に大変なのは明日かな」
「ケーキ屋だもんな」
「うん。でもまあ、頑張るよ。サンタさんの服着るんだ」
「“サンタさんの服”?」
「うん、赤くて、白いボンボンが胸元についてるヤツ。あ、三角の帽子もセットなんだよ」
「…………念のため聞くけど」
「うん?」
「そのサンタ服って、ズボン?」
「ううん、ワンピースだよ」

電話の向こう側で瑛くんのため息が聞こえた。な、なんだろう? 何か問題があったのかな?

「そのサンタ服って、今日も着てた?」
「うん。イブとクリスマスの二日間は、みんなその格好だったよ」

またため息が聞こえてきた。そうしてぼそぼそと呟く声が続く。

「……聞かなきゃ良かった。明日、仕事に集中出来る気がしない」
「瑛くん?」
「写メ撮ってないよな? サンタ服の」
「えっ」

実はある。同じアルバイトの子と「サンタ服だ!」「初めて着るよ!」とか何とか、ひとしきりはしゃぎあって写真を撮りあった、冷静な頭で振り返ると、少し、ううん、かなり恥ずかしいノリの写真がまさに今、瑛くんと通話してる携帯の中に収まっている。動揺を悟られたらしい。瑛くんが「……あるの?」と小声で聞く。

「な、ないよっ」
「ウソつけ。めちゃくちゃ動揺してるじゃん。なあ、あとでその写真、こっちに送……」
「ヤダよ! 恥ずかしいよ!」
「バカ恥ずかしくなんかないよ! つか、こういうこと言ってる俺が一番恥ずかしいよ!」

確かに『こういうこと』を言い出す瑛くんは珍しいと思う。恥ずかしいのに、頼んでくれてるのかな? 面白がってる、とかじゃなく。

「……笑わない?」
「笑わない」
「バカにしない?」
「しない。つか、純粋に腹が立つ。何で他のヤツには見せてるのに、俺は見られないんだよ……」
「し、仕事だからだよ……」
「仕事でも何でも、こういうことは腹が立つんだよ。あと、純粋に見たい」
「サンタ服が?」
「……うん」
「……瑛くんって案外、コスプレ好……」
「言うな! そういうこと」

瑛くんが正真正銘、照れくさそうに言う。思わず、くすくす笑ってしまう。……そっかぁ。恥ずかしいけど、見たい、かあ。わざわざ送りつけるのは恥ずかしいけど、そう思ってくれてるなら、いいかな?

「じゃあ、あとで送るね」
「……お、おう」
「明日もアルバイト頑張ってね」
「おまえも頑張…………ああもう、やっぱ複雑だ……」
「?」
「…………明日、遅くなるかもだけど」
「うん」
「バイト、終わったら一緒に過ごせないか?」
「え」
「おまえもくたくたになってるだろうけど……」

受話器越しに、ためらいがちな声が続く。急いで言う。

「う、ううん。一緒に過ごしたい、です」
「……なんで敬語なんだよ」
「な、なんとなく」
「じゃあ、決まりな?」
「うん」
「終わったら、電話するから」
「うん……ねえ、瑛くん」
「ん?」
「嬉しいな。今年のクリスマスは一緒に過ごせないかなって思ってたから……」
「……日付、過ぎてるかもしれないのに?」
「うん。それでも嬉しいよ。高校の頃は、毎年パーティーとかで会ってたでしょ? だから、今年は会えないのかなあと思ったら、少し残念で……」

でもこれは、アルバイトがあるから仕方ないことではあるんだけど。でも、去年のクリスマスのことが頭をよぎる。電話口で話した瑛くんの様子が何だか心配で、きらきらとしたパーティー会場から急ぎ珊瑚礁へ戻った。そこで瑛くんのおじいさんから、今夜で珊瑚礁が閉店することを聞いた。二階の瑛くんの部屋は電気がついていなくて、とても暗くて、その上、火の気もなくて、ひんやりとして寒かった。そういう、さみしいところに一人きりでいる瑛くんを見たら、ひどく胸が痛んだ。そばにいたい、と強く思った。その思いは今も変わらない。

また、ため息。本日何度目かの、瑛くんのため息だ。そんなに困らせちゃうようなことをわたしは言ってるのかな?

「おまえさ……そういうことはもっと早く言えよ……」
「だって、アルバイトがたいへんだと思ったから……」
「分かってる。こっちのこと考えてくれたんだよな……でもさ、もっと、そういうこと、言っていいから」
「そういうこと?」
「会いたい、とか、そういう……ああもう、言わせるなよ!」
「ご、ごめんね?」
「俺も会いたい。いつでも会いたい、けど、クリスマスは特別だろ」

低めた、ひそやかな声で瑛くんが囁いた。わたしも頷いて、受話器越しに囁き返す。

「うん。わたしも、会いたい」
「ああ、明日な」
「うん、明日ね」

また明日、と約束を交わし合って電話を切る。会える時間は前よりも減ったけど、こうして電話口ででも気持ちを確かめ合えるから、さみしくはない。何より、明日はクリスマスだし、また会えるのだし。日付はもう、変わってしまってはいるのだけれど。





2012.12.25
*メリクリです!
*(卒業してから)(あるいは付き合って)一年目のクリスマス。
*次回「あかりさん、サンタコス写真を送り忘れて、佐伯さんを激怒させる『言ったよな? 送れって俺、言ったよな!?』『ごめーん☆ 忘れちゃった!』――よろしい、ならばサンタ服だ……」の巻に続か……ない!

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