ちくちく、とげとげ


「瑛くーん」

声と一緒に背中に衝撃を感じた。別につんのめりはしなかったけど(そこまでやわじゃない)、いきなり人の背中を叩くとはいい度胸だ、このカピバラめ。

「一緒に帰ろ……瑛くん目が怖いよ!」
「ウルサイ。背後から攻撃を仕掛けてくるおまえが悪い」
「やだなあ、ただのあいさつだよ。スキンシップ、スキンシップ」
「ほお……じゃあ、これもスキンシップだな?」
「チョップはスキンシップに入りません!」

手刀の形に掲げた手を見て、あかりは頭をガードした。そんなにチョップが嫌なら、やめればいいのに。良くも悪くも、こいつは人との距離が近すぎるし、ガードが甘い。時々見てられなくなる。

ため息をついて、手を下した。あかりの視線を頬骨の辺りに感じる。

「……チョップしないの?」
「してほしいのか?」
「ううん、してほしくない」

慌てたように頭を振って寄越す。その延長で、首を軽く傾げる。それから、人の背中を伺うように見つめて、堪え切れないように笑顔になった。ちょっと待て、嫌な予感がする。

「ひとつ、訊いていいか?」
「うん、何?」
「おまえ人の背中に何か……」
「ううん! してないよっ!」

声裏返ってるし、不自然に反応が早すぎるし、これは何かしでかしてる。

「何をした?」

頬を摘まんで尋問してやった。餅みたいな感触がする。悲鳴が上がった。

「ひひゃいひょ!」

手を離してやると、恨めしそうな目で見上げられた。さも痛そうに頬をさすっている。手加減はした。そんなに強く掴んでいない。それでも痛かったらしい。
相手が中々答えないから、自分で自分の背中を覗き込んだ。……何か、くっついてる。背中に腕を回して摘まむ。

「何だこれ……」
「オナモミだよ!」

途端に、泣きっ面から子どもっぽい笑顔になった。切り替えが早い。手のひらには、ハリセンボンみたいなトゲトゲに包まれた実が転がる。

「さっき道に生えてるのを見つけて、摘んできたんだよ。もうそんな季節なんだね」
「……で、早速人の背中にくっつけた、と」
「だ、だって、オナモミを見つけたら、くっつけたくならない?」
「ガキか、おまえは」
「な、何よぅ!」

ため息をついて背中を払う。「取っちゃうの?」なんて、抗議めいた声が背中にぶつかる。

「こんなのつけたまんまでいたらバカみたいだろ」
「もったいない」
「おまえにくっつけてやろうか?」
「遠慮しとく!」

ぶんぶんと頭を振って寄越す。人にはイタズラをしかけておいて、現金な……。
ひとしきり背中を払って確認する。

「なあ、もうくっついてないか?」
「うん、全部取れたよ」
「……家に帰って確認して、まだくっついてたら、明日チョップの刑な?」
「ごめんね、もう一個くっついてた」

――やっぱりか。

「どこ」
「ここ」

左の肩甲骨の下辺り。そこに最後の一個がくっついていたらしい。自分で払うより先に、あかりが手を伸ばした。上着の厚い生地越しに指先が軽く触れたのを感じた。

「これで全部だよ」
「……サンキュ」

背中から取って外された、刺だらけの実を勢い、受け取ってしまった。何でだ。……大体、イタズラで貼り付けられたのに、礼を言うのもおかしな話だった。

手のひらの上でトゲトゲした感触の実を転がす。ただの木の実だけど、肌に直接刺さると結構痛い。

「……で、今日は?」
「ん?」
「声をかけてきたってことは、何か相談があるんだろ?」

秋特有の冷えた風が吹いて、黒目がちな目を隠した。明るい茶色の髪から覗く瞳が揺れたように見えた。一瞬言葉に詰まって、何か言いかけたようだったけど、あかりは頷いた。

「……うん」
「何?」
「あのね……」

あかりの口から“相談”が洩れる。聞くうちに、胸がちくりと痛んだ。まるで、刺のある木の実が刺さったみたいに。

手のひらの中で持て余した実を意識させられる。……やっぱり、くっつけてやればよかった。少しくらい、同じ気持ちを味あわせてやればよかった。

――おまえなんか、トゲトゲが刺さればいい。

――嘘だ、刺さるな。

正反対な気持ちを持て余して、刺を手のひらの中に隠した。



2012.11.09

[back]
[works]
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -