イタズラしちゃうぞ!


「お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!」

出会いがしら、開口一番にそんなことを言ってのけたあかりの瞳は台詞通り、イタズラっぽく輝いていた。思わずため息が口から洩れてしまう。今日は10月の最終日、ハロウィンだ。
例によって、女子の誘いから逃げるように駆けこんだ中庭で昼飯を食べようとしていたら、これだ。「イタズラしちゃうぞ!」とハロウィン特有の台詞を嬉しげに口にした相手は、勿論、仮装なんかしていなくて、はね学の制服のまま台詞だけ、イベントのお約束を忠実に再現している。もう一度、ため息をつく。

「お菓子をくれなきゃ、」
「や、聞こえてるから」

途中で台詞を遮られて、あかりはむう、と唇を尖らせた。

「……イタズラしちゃう、よ」
「はいはい」

秋特有の冷えて乾いた風が中庭を抜けていって、もう10月も終わりなんだと気づかされる。そろそろ、中庭で昼を食べるのもやめ時なのかもしれない。
急に強く吹いた風に目を閉じていたあかりが瞼を持ち上げる。ぱちぱち、と何度かまばたきを繰り返して、改めて俺を見上げる。

「瑛くん……もしかして、イタズラされたいの?」
「されたくない」
「じゃあお菓子ちょうだい!」
「おまえは本っ当、食いしん坊万歳だな」
「まあね!」
「褒めてないから」

誇らしげに胸を逸らせている食いしん坊万歳を見下ろす。……うん、普通の格好だ。当たり前だ、今は学校なんだから。制服以外の格好なんてする訳がない。別に何かを期待した訳じゃないけど、心なしかガッカリしてるのは何でだ。

昼飯と一緒に持ってきておいた包みを取り出す。あかりの目が輝く。

「あっ、お菓子?」
「当たり」
「用意してたの?」
「まあな。こんなこともあろうかと思って」
「瑛くんって、用意がいいよね。お父さんっていうか、お母さんみたい」
「うん、褒められてる気が全然しない」

褒め言葉だよー、なんて、暢気なことを言っている迂闊者はさておき。

「あのな」
「うん?」
「お菓子はやるけど」
「けど?」
「……もうちょっと、可愛く言ったら、渡す」
「可愛く?」

小首を傾げるあかりに頷きを返す。

「そう、可愛く」

だって癪じゃないか。こっちはハロウィン用にお菓子まで用意したのに、相手は決まり文句だけ。何だか割りが合わない気がするじゃないか。

「うーん……」
「言えなきゃ、おあずけな」
「えー、瑛くんの横暴! 傍若無人ー!」
「言っとくけど、お菓子をくれなきゃイタズラするとか言ってるおまえのが、よっぽど傍若無人だからな?」
「そういうイベントなんだよ?」

それはまあ、そうだろうけど。

「うーん……お、お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃう、ぞ?」

意を決したように、息をついたあかりは顔を上げると、お決まりの台詞を繰り返した。心持ち小首を傾げて、黒目がちな瞳で上目づかい、ご丁寧にウィンクまで追加して。流石に照れたのか、言い終えた後「な、なーんて」なんて言って頭を掻いている。心なしか頬が赤い。……オーケー分かった。それがおまえなりに考えた『可愛い』言い方か。どんぴしゃりだよ、この野郎。

「…………」
「……て、瑛くん?」
「…………はい、これ」
「えっ? あ、ありがとう」

オレンジ色の紙でラッピングしたお菓子を手渡す。嬉しそうに受け取ったニヤニヤ顔まで可愛く見える始末。重症だ。

「あ、クッキーだ」
「うん」
「カボチャの形してる。かわいい!」
「そうか、よかったな」

正確にはジャックオランタン、だけど。

「食べていい?」
「どうぞ」
「わぁい、いただきまーす」

さくさく、クッキーを頬張る音が隣りから聞こえる。音だけなのは、顔を背けているせいだ。無駄に赤くなっているに違いない顔を見られたくないせいだ。この気温じゃ、暑さのせいになんて出来やしない。

「……うまいか?」
「うん、おいしい。瑛くん、お菓子作り上手だね」
「まあな。当然だ」
「可愛くない反応だなあ」
「その台詞そっくりそのまま返す」

少し落ち着いてきた気がする。隣りを見ると、やたらと幸せそうな顔でクッキーをかじっているあかりの顔が見えた。すごく無防備な顔をしている。少し、イタズラ心が湧く。

「……で、おまえは?」
「え?」
「俺がトリック・オア・トリートって言ったら、どうする?」
「え? え?」

うろたえてる、うろたえてる。

「お、お菓子はないよ?」
「じゃあ、イタズラだな」
「そんなあ!」
「甘い。自分で仕掛けといて、やり返されるって思わなかったのかよ」
「だって……あ! 瑛くんからもらったお菓子の残りが……」
「それ、食べかけだし、俺が渡した奴だし、却下」

身を乗り出して距離を詰める。あかりは慌てている。

「て、瑛く……」
「イタズラ、な」

顔を寄せると、あかりは、ぎゅ、とかたく瞼を閉じた。そんな反応は迂闊だし、無防備すぎると思う。柔らかそうな唇に引き込まれそうになりながら、唇の端についていたクッキーの欠片を指で払ってやった。あかりが驚いたような、ショックを受けたような表情で目を開けた。

「い、いま、キス……」
「……してないから」
「え?」
「唇の端にクッキーがついてた」

言って、もう一度指先で口元を払ってやった。

「指と唇の違いくらい、つくだろ」
「……指、なの?」
「そうだよ」

あかりの顔が夕日よりも赤く染まった。思わず声を上げて笑ったら、背中を叩かれた。

「瑛くんのイジワル!」
「イジワルじゃない、イタズラだ」

言い返されて、むう、と尖らせた唇に本当はキスしてみたかったけど、しないし、言わない。それは幾らなんでも、イタズラの範囲を超えているだろうし。そういうことは、イタズラなんかじゃ済ませたくなかった、し。




2012.10.31
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