海辺の二人/波打ち際


歩きにくいのか、あかりは痺れを切らしたようにサンダルを脱いだ。指先と同じ、桜貝めいたつま先の色が目に入って、咄嗟に目を逸らした。新しいサンダルを履いてきたせいで足が痛くてたまらないと、ずっとぼやいていた。ぼやく割に、かかともつま先も、少しも赤くなっていなくて、綺麗な素足をしている。そんなことを口に出す訳にはいかなかったから、もちろん黙っていた。

日射しに温められた砂が熱いのか、あかりは小さく悲鳴を上げ波打ち際に向かって駆けていった。着ていた真っ白なワンピースの裾を軽く持ち上げて、波の白い泡に似た脚で砂を蹴り上げて、海に向かって走っていった。そんな姿が、ごく自然な絵に見えたなんて、やっぱり口に出す訳にはいかない。

波打ち際で、寄せる波に足先を触れさせて「気持ちいいよ」だとか、そんなことを言ってはしゃいでいる。沖から射しこむ夕日と、波の照り返しがあかりの輪郭を金色に染め上げていた。白いワンピースなんて着ているから、体の輪郭がそのまま透けて見えた。……気付いてないんだろうな、まず間違いなく。これだから天然ものは困る。

水が跳ねたのか、「つめたーい!」なんて、悲鳴を上げている。悲鳴を上げて、でも、何が楽しいのか、そのまま無邪気に笑い声を上げる。笑い声を上げたまま、膝まで託しあげた裾を持ったまま振り返って笑っている。金色の夕日と、辺りに散る波飛沫と、それから、眩しいほどの笑顔が一度に目に入って、不覚にも胸が詰まった。

「瑛くんもおいでよ! 気持ちいーよ!」
「……行かない」
「どうしてー?」
「何でも何もない。お父さん、ここで見ててやるから」

心なしかつまらなそうにあかりは背中を向けた。そのまま海へ入っていってしまいそうに見えて心臓が跳ねた。そんな訳はない、と自分に言い聞かせる。海に帰っていく人魚じゃあるまいし。

ただでさえ人目につくこの時期に、一緒に波打ち際ではしゃぐとか、そんな恥かしい真似、出来る訳がない。でももしかすると、俺が今すべきことは、こんな風に砂浜で見守っていてやることなんかじゃないのかもしれない。詰まらない自尊心なんかもう捨ててしまって、背中を向けたまま海を見つめるボンヤリの手を取るべきなのかもしれない。白いワンピースの裾が頼りなげに風に揺られている。
背中を向けたまま、あかりが名前を呼んだ。

「ねえ、瑛くん」
「……何だよ?」
「夕日、きれいだね」

振り向いたあかりはもう笑顔を浮かべていた。さっきはつまらなそうにしていたのに。

「波がきらきらして、すごく、きれい」

釣られたように、夕日が射しこむ海と、波打ち際に佇むあかりに視線を移して目を細めた。

「……そうだな」

確かに、綺麗だと思った。




(2012.08.06)
(海辺の二人/波打ち際)

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