騒がしいのはどこ?


見たくない光景に限って目に入ってしまうのは何でなんだろう。


教頭の怒声が響いた途端、部屋で枕投げをしていた連中は蜂の巣を突いたみたいに方々へ散って、どこか隠れられる場所にもぐり込んだ。

枕投げにはあかりも紛れこんでいたから、あかりのことが気になったけど、誰かが部屋の電気を消してしまったせいで見失ってしまった。グズグズしていると部屋に入ってきた教頭に見つかるかもしれない。仕方なく机の下に隠れることにした。机の下には先客もいないし、他の誰ももぐりこんで来ない。方々に散らばった連中の、息を潜めた気配が漂っていた。

教頭が「ん? ここじゃないのか」とわざわざ声に出して言って、開けた扉を閉めた。暗闇の中で一斉に誰かが安堵のため息をつくのを感じた。それから、そこら中でもぞもぞと人が動き出す気配がした。俺も机の下から這い出す。

電気がついた。

急に明るくなって眩しくて反射的に目を閉じそうになったけど、見えてしまった。最初に目に入ってしまった。

「ハリー!」
「わ、悪ィ!」

あかりと針谷が向かい合っている姿が見えた。あかりは半分布団から這い出す格好で、驚いたことに針谷も同じ布団から体を出している。あかりの茶色の髪はぼさぼさで、頬は心なしか赤い……針谷は針谷で必要以上にうろたえて、あかりに何か言い含めている。つまり……あいつら、同じ布団に隠れてたってことか? 二人きりで? 

ひとしきり針谷から何か説得を受けたらしいあかりはきょとんと首を傾げている。そのままの表情で視線に気づいたのか、こっちを向いた。視線が一瞬だけ合った。先に逸らしてしまった。今は顔を見たくなかったし、見られたくなかった。

大人しく自分の部屋に戻ったけど、さっきの光景が頭から離れなくて全然眠れなかった。明日の自由行動はあかりと約束している。あんなに楽しみだったのに、今はもう、そうは思えなかった。







翌朝、寝不足の頭を抱えたままロビーへ向かった。あかりの姿はまだ見当たらなかった。ゆうべから引きずったままの不機嫌がまた複雑にこじれる。眉間の皺を深めていたら、背中越しにパタパタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

「ごめんね、待った?」

あかりが眉を下げて駆け寄ってきた。思わずため息をつく。

「…………まあな」
「ゴメンね?」

小首を傾げて、肩をすくめて、口元の辺りで手のひらを合わせる……プラス上目づかい。よく分かっている。武器の使い方を的確に、よく分かっている。……やるな、この小動物。

「……ちょっと可愛かったから許す」

そんな台詞が口から出ていた。いやいやいやいや、俺、不機嫌だったよな? 何で、許してるんだ。あかりは「やった!」なんて言って屈託なく笑っている。……やった、じゃないよ、人の気も知らないで………。

「行くぞ?」

渋々呟いた台詞に、「うん!」と元気のいい声が返る。ホント、人の気も知らないで、と思ってしまう。……あかりは、全然気にしてないのかな? ゆうべのこと。針谷と同じ布団にもぐっていたこと。

あかりと土産物を物色しながら、ほとんど一日中、そんなことをぐるぐる考えていた。あかりは……いつものあかりだった。能天気そうにニヤニヤ笑って屈託がない。反対にこっちの気持ちはどんどんねじ曲がっていくような気がした。

一瞬だった。
教頭がやってきて、みんなドタバタと隠れて、扉が開いて、また閉まって……数分も経たなかった。ほんとうに一瞬だった。でも、一瞬でも、そんなの分からないだろう。電気を消した布団の中なんて、ほとんど密室にようなものだ。例え一瞬でも、密室の中なんて、何が起こるか分かったものじゃない。

「瑛くん?」

あかりが不思議そうに見上げていた。ゆうべと同じきょとんとした顔だ。
訊くか訊かないか迷った。少し考えて口を開いた。

「少し歩かないか?」

あかりはまだ不思議そうな顔をしていたけど、こくんと頷いた。土産物屋が密集してるこの場所は賑やか過ぎて話をするのに向いていない。場所を移動することにした。







川沿いの道に出た。土手に下りる。昼下がりというには、もう遅い時間。日は暮れていないけど、川の照り返しが目に眩しかった。あかりが言う。

「キラキラ光っててきれいだね」

概ね同意見だったから頷いた。

「そうだな」

土手に座り込む。釣られたようにあかりも隣りに座りこんだ。
風が髪をさらさらと揺らしていく。

「……瑛くん」
「何?」
「どうかした?」

あかりが気遣わしげな顔で覗きこんでいた。

「……別に」言いかけて言い直した。「何で?」

「何でって……何だか、今日は元気がないみたいだったから、どうしたのかなあって、思って……」

そこまで気付いているのに、原因には気付かないんだな。そういうところは、らしい気がしなくもない。ため息をついた。今日一日、面と向かって訊くのを避けていた質問だった。

「ゆうべ、枕投げしたろ」
「うん、楽しかったね」
「それは良かったな。……で」
「?」
「最後、教頭が来ただろ」
「うん、ビックリしたね」
「おまえ、どこに隠れた?」
「えっ」

あかりはぱちくりと音がしそうなほど大きく瞬きしてみせた。

「布団、だよ」

うん、本当は知ってる。

知ってた、けど、確かめにずにいられなかった。

「針谷も……一緒だったよな?」

「う、うん……」

あかりはこくりと頷いた。顔が真っ赤になっていた。見たくないものに限って、目に入ってしまうのは何でなんだろう。訊きたくないことに限って、訊かずにいられないのは何でなのかな。本当にバカだな。バカだったな。あかりの手を取った。

「て、瑛くん?」

あのとき手を離さなけりゃ良かった。そばにいたのに。
あのとき見失わなかったら、今、こんな気持ちにはなっていないのに。

「…………もう1回……先生こないかな……」

またやり直せるなら、今度こそ手を離さないのに。しっかり掴んでおいて、あんな現場見ずに済むのに。

あかりが掴まれた手と俺の顔を交互に見つめている。小首を傾げて言う。

「瑛くん……」
「……なに?」
「もしかして、拗ねてる?」

なんでそういう話になるんだ。

「拗ねてないよ」
「そう、かな」

しばらくのあいだ掴まれた手を見つめていたあかりは、掴まれた手に自分の手を重ねた。

「おい……」
「わたしも、そう思うよ」

屈託のない笑顔で言う。

「もう1回、先生が来てくれたらって」
「……おまえさ、意味分かって言ってるのか?」
「分かってるよ。修学旅行、すごく楽しかったから……」

きゅ、と重ねて掴まれた手に少し力が入る。

「だから今日でおしまいなのが、少しさみしい、な」

眉を八の字にして笑っている。思わずため息をついた。

「……やっぱり分かってない」
「どういうこと?」
「何でもない。お子様には分かんないよ」
「もう!」

あかりが唇を尖らせる。そういう顔をするから余計にお子様みたいに見えるんだって、分からないのかな、この小動物は。……でも、この表情は、ちょっと目に毒かもしれない。

「……何か、気にしてた俺がバカみたいだ」
「どういうこと?」
「こっちの話。お子様には分かんない話」
「お子様じゃないもん!」
「その言い方がまるでお子様なんだよ」

むくれたあかりは頬を膨らませている。ますます子供みたいだ。思わず笑ってしまったら、チョップされそうになった。軽く受け止めて、そのまま掴んだ手を握った。

「でも、分からなくもないよ」
「え?」
「終わりがさみしいっていう、おまえの気持ち」
「…………」
「俺も、そう思わなくもない」

あかりは何故か顔を赤くしてる。その顔を見たら、何故だか意趣返しに成功したような気分になった。夕べからずっと蟠っていたしこりがなくなっていくような。

ああ、そうか……。

妬いてたんだ、俺。あかりをこんな表情をさせた相手に。
夕べのことを問いただした時のあかりの真っ赤な顔を見て、あんな表情にさせたのが自分じゃないことに妬いていた。……どっちが子供なんだって話。あかりが首を傾げる。

「……瑛くん?」
「何でもない」頭を振って言う。「……戻るか」そろそろ。
「……うん」

修学旅行は今日が最終日。もうじき自由行動の時間も終わる。終わらなければいいのに、この時間が。でも、そうも言ってられない。時間には限りがあるんだから。代わりに別のことを口にした。

「……なあ」
「なぁに?」
「また来ような? 京都に。今度は……二人きりで」

流れで手を繋いだまま歩き出してしまったから、手を繋いだまま、あかりは黒目がちな丸っこい目をぱちくり、と大きく瞬きさせた。次いで、笑顔になって頷いた。
「うん!」

…………ちゃんと意味、分かってるよな? こいつ。二人きりなんだぞ。その他大勢と一緒とは全然違うんだぞ。お子様だから、分かっていないかもしれない。でも、まあ、約束だ。

「……約束、な?」
「うん、約束だね」


繋いだ手に力を込める。まるで了解みたいに繋いだ手を、きゅ、と握り返された。この手を離したくない。次にもしまたあんな機会があったら、手を離したくないし、一番に見つけてやりたい。そう、思っているよ。







2012.06.20 title by.にやりさま
*修学旅行のジェラっ瑛さんでした不完全燃焼系めっそり;;

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