エンドレス・ムービー #3


――訳が分からない、というのが正直な感想だった。

一度目は校門を出た瞬間、“戻って”きた。二度目も校門を出た瞬間“戻った”。文化祭の昼に。でも、二度目のときは一度目に校門を出た時間よりも早い時間に昼間に戻った。ということは、時間は関係ない、ということか? 例えば今校門を出たら有無を言わさず昼に戻らされるんだろうか。そんな可能性は考えたくもないし、こんなことで頭を悩ませている自分もどうかしていると思う。でも、現実問題として、どうにかしないといけない。
しかし、こんな訳の分からない状況で、どんな対策をしたらいいのか分からない。

ステージを控えて、バンドはリハーサルの真っ最中だった。もう三度目になるリハーサル。一度目も二度目もほとんど同じことが起こった。そうして今回も同じらしい。やけにのんびりと和やかな声が闖入してくる。

「こんにちはぁ」
「おークリス!」

針谷がクリスの姿を見つけて、何か話しかけている。ステージのデザインを担当したらしいクリスもリハーサルに呼ばれたらしい。何度も見た光景だ。針谷がクリスの肩を叩いてバンドの連中の元に戻っていく。クリスはステージを見て、宝箱を見つけた子供みたいに目を輝かせている。俺はというと、何度も見た光景を見せつけられて途方に暮れている。どうやったら、この繰り返しの中から抜け出せるんだ?

「瑛クン、お疲れモードなん?」

こめかみの辺りを揉むようにして抱えた頭に、妙にふわふわした声が降ってきた。顔を上げると心配げな色素の薄い青い目がこっちを見ていた。咄嗟に笑顔を作る。

「ああ、うん。少し」
「それで部長面してるんやね」
「部長面?」

鸚鵡返しに聞き返したら、不思議そうな顔をされた。「何かヘンやった?」みたいな顔をしている。会話の流れから類推して聞き返す。

「……もしかして、仏頂面って言いたかったのかな?」
「ああ、うん、それやわぁ」
「…………」

胸の前で手のひらを叩いて頷くクリスを見たらため息が出た。クリスが心配そうに眉をひそめる。

「瑛クン、ほんまにお疲れモードなんやねぇ……」
「心配してくれてありがとう。でも平気だよ」

本当はもちろん平気なんかではなかったけれど。

クリスが「あ、そうや」と何かに気づいたように声を上げる。

「瑛クン、ファッションショー行かへんでいいの?」

いきりなり何を言い出すんだと思う。一度目と二度目にはこんな会話はなかった。もっと言えば、クリスとこんな風に話したりもしなかった。疲れた顔をしていたせいか、今回はクリスが話しかけてきた。

「……どうして?」
「どうしてって、あかりちゃんも出るんやろ?」
「へえ、そうなんだ」
「あかりちゃんな、すっごく一生懸命、衣装作ってたんやで」

それは知ってる。文化祭が近づくにつれて、学校でも休みの日もショーの準備に駆けまわっているみたいだったから。

「“瑛クンも見に来てくれるかなあ”って」
「え?」
「ファッションショー。あかりちゃん、気にしてるみたいやった」

そういうクリスの表情はあくまで屈託ない。大きなお世話だと思うし、大体何でクリスが知っているんだ、と思ってしまう。「僕な」とクリスが言う。

「あかりちゃんから衣装の相談受けたことあったんや。そのとき聞いた話」
「へえ、そうなんだ」
「行かへんでいいの?」

言葉に詰まる。一度目も二度目も、文化祭のドタバタにかまけてあかりに会いに行かなかった。別にそのことをとがめられている訳ではないだろうけど、罪悪感があった。クリスがポケットから何か紙を取り出す。

「これ、ステージの日程表な」

かさかさと紙を広げて見せて寄越す。覗きこんで時間を確認する。そこで気付いた。

「……ダメだ」
「?」
「針谷たちのステージと重なる」
「えっ、そうなん?」

手芸部のショーは針谷たちのライブのすぐ後だった。実行委員から指示されている出口は舞台袖。入れ違いですれ違うこともなかったのはそのせいだ。出番待ちの組は出口とは反対側の舞台袖で待機している。出番が終わるとバタバタと大急ぎで楽器や機材を運んでいたから全然気付かなかった。……今まで気付かなかったなんて、どうかしてる。

「それはあかんね」

呟くようにクリスが言った。次いで、バンドのメンバーと打ち合わせをしている針谷に呼び掛けた。

「ハリークーン!」
「何だよ? つか、ハリーって呼べ!」
「瑛クン、休場やわ」
「はぁ?」
「は?」
「瑛クン、どーしても、行かへんといかん用事があるんやって」

クリスの台詞に怪訝そうな顔をしていた(休場ってなんだ。まさか急用って言いたかったのか)針谷が、こっちを見すえて言う。

「そうなのか? 佐伯」

どうしても行かなきゃいけない用事……。クリスの台詞を頭の中で反芻する。

――あかりちゃん、気にしてるみたいやった。
――瑛クン、来てくれるかなあって。

「悪い。針谷」

クリスの言う通りだった。
これはどうしても行かなきゃいけない用事……いや、行きたいんだ。俺が、という話。

「仕方ねーな」と針谷が言う。

「どうせ、アイツのショーにでも行くんだろ?」
「あ、アイツって誰だよ!」
「バカ。アイツっつったら、一人しかいねーだろ」
「…………」
「言いだすのが遅ーんだよ。おい、クリス」
「何何?」
「佐伯の代わり、おまえが残れ」
「え〜、僕もあかりちゃんのショー見たい〜」
「オレらのライブで我慢しやがれ! おら、佐伯! さっさと行け!」
「でも、針谷……」
「今度自腹でオレらのライブに来い。それが埋め合わせだ」
「僕ははね学まんじゅうでええよ〜」

茶化しながら針谷とクリスは笑っている。

「ごめん……みんな……」

「おう、行って来い」
「いってらっしゃ〜い」

ひらひらと手を振るクリスと親指を立てる針谷に背中を向けて廊下に出た。
あかりを探しながら思い出していた。いつかの帰り道にあかりと交わした会話だ。





「もうすぐ文化祭だね」
「そうだな」
「佐伯くんは演劇には出なくて良かったの?」
「あんな小学生みたいな真似、絶対ゴメンだね」
「またそういうことを言う……」
「今年は針谷たちの手伝いするんだよ」
「もしかしてライブの?」
「そう」
「そうなんだ! すごいね!」
「すごかないけど、仕事があるのはいいよな。断る理由になるし」
「断る?」
「女子の誘いとか」
「ああ、成程。……ハリー、今年もライブやるんだね」
「去年もやってたのか? あいつら」
「うん。ゲリラライブ。生徒会の人に怒られちゃったらしいけど」
「そんなことやってたのか、アイツ……今年は許可取ってるだろうな……」
「どうだろ。でも、そっかぁ。じゃあ今年は佐伯くん忙しいね!」

そこだけ、妙に元気良く、無理矢理声を上げるみたいにして言った。

「何だよ。その、人が普段暇してるみたいな言い方……」
「そういうつもりじゃないよ。佐伯くん、いつもあまり積極的に文化祭には参加しなかったでしょ。今年は違うんだね、ってこと」
「……まあな」
「文化祭、楽しんでね」

にこりと笑って見上げてきた。けど、どこか変な気がした。

「おまえは?」
「え?」
「手芸部。今年も何かやるんだろ」
「…………」

あかりは何か考え事をするみたいに軽く首を傾げて見せた。切りそろえた明るい茶色の髪が首元で揺れる。

「……秘密!」
「は? 何でだよ?」
「何ででも! 佐伯くんには教えてあげない」
「何だよそれ!」
「教えてあげなーい」

子供がふざけているみたいな言い方だった。しかも、まるではかったようなタイミングで分かれ道についた。くるり、と振り返って「それじゃあ、またね、佐伯くん」とあかりは言う。ひらひらと顔の横で手を振って笑って見せる。やっぱり何かヘンだ、と思ったけど、何か訊ねるよりも先にあかりはさっさと背中を向けて帰り道を歩き始めてしまった。






三度目の正直。家庭科室であかりがいるかどうか聞いた。いない、と返事された。

「そろそろ準備しなきゃいけないのに、姿が見当たらなくて……」

同じ部員の生徒も心配そうにしていた。姿が見当たらない……。こんなに探し回ってるのに全然見つからないなんて、まるで呪われてるみたいだ。そもそも、この状況にしてからが呪いとしか思えない。

それから学校中を歩いて方々を探したけど、あかりの姿は見当たらなかった。

人気のない階段の踊り場に背中をつけて、しゃがみ込んで休む。また帰り道に二人で交わした会話を思い出していた。

結局あれ以降、今日まであかりとは話す機会がなかった。休みの日も、学校でも忙しそうにしてたから。……何が、秘密だ。あのバカ。どうせいつも通りファッションショーだってすぐバレるのに。「今年は佐伯くん、忙しいね」と言っていたあかりを思い出す。それから、クリスの台詞も。「瑛クン、見に来てくれるかなぁって」何で、本人に直接言わないんだよ。言ったら、別に途中で抜け出すのだって、今みたいに誰かに代わってもらうことだって出来たし。何で、黙ってるかな。あんな風に一人で勝手に納得したみたいに、笑って割り切るかな。チョップしてやりたくて仕方がなかった。あのボンヤリにも。……今日まで、こんなことにも気付かなかった自分にも。

「……見に来てほしいなら、言えよ。バカ」

……どっちもバカだ。分かってる。



「佐伯くん?」



いい加減耳慣れた声が降ってきた。顔を上げると、しゃがみ込んだ足元の先に、黒いタイツに包まれた女子生徒の足が見えた。

……このタイミングで、向こうから声をかけてくるなんて、どうかしてる。

ため息をついて顔を上げた。

「……あかり」

目の前にいたのはあかりだった。けど、思わず目を疑った。ハトが豆鉄砲を食らった顔をしてるのは向こうもだったけど、俺も同じような顔をしていたに違いない。おそるおそる口を開いた。

「…………おまえ、いつもよりボンヤリ具合が増してないか?」
「え?」

というか、半分透けてる。あかり越しに背景に広がる階段の白いのっぺりとした壁が透けて見えていた。…………何なんだ、本当に。




2012.06.08
*いよいよ混沌したことになってきました……orz 続きます。

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