エンドレス・ムービー #1


廊下は人でごった返していた。人ごみの中を縫うようにして歩いていく。準備期間中も騒がしかったけど、当日はそれ以上だった。探すともなく辺りに視線をめぐらせていたら、呼ばれた。喧騒の中でも無駄によく通る声だった。針谷だ。

「佐伯! テメ、こんなとこでサボってやがったか」
「悪い、今いくとこ」

1年目、2年目の文化祭は散々な目に遭ったけど、今年は作戦があった。部活に入っていないなら誰か他のヤツを手伝えばいい。それなら、クラス出店の裏方を精力的にやればいい、というのはそもそも論外だ。クラスのヤツらといたら、一日中“ファンの人達”と一緒に過ごすくらい疲れるし、下手したら、文化祭当日以外の準備期間中だって時間を拘束されてしまう。

要は当日、一緒にいて必要以上に気を使わないで済む人間と過ごせばいいんだ。そういう訳で、消去法で針谷に白羽の矢が立った。人手が不足していたらしい針谷も快諾してくれた。多少、人使いは荒いという難はあるものの。

「おら、さっさと来い」

ふんぞり返って、仁王立ちで人の顔を睨んでいる針谷に追いついて隣りを歩く。

「いちいち偉そうなんだよ、針谷は」
「オマエほどじゃねぇよ。つーか、ハリーって呼べ」
「ヤダ」

何度か繰り返したことのあるやり取りをご丁寧に踏襲しながら、ふと気になって後ろを振り返った。

「――――?」

何か違和感というか、物足りない気がした。別に、何がって訳じゃないけど……。

「何ちんたら歩いてんだ!」
「……なあ、針谷」
「何だよ? つか、ハリー、な」
「あかり、見たか」
「あかり?」

針谷が怪訝そうな顔をする。

「見てねぇ。アイツも忙しいんだろ。何だっけ、手芸部で何か出し物するからって、ドタバタしてたじゃねーか」
「ファッションショーな」
「その準備でもしてんだろ」
「……そう、だよな」
「アイツのことが気になるのは分かるけどよ」
「べっ! 別に、気にしてなんか!」
「気にしてるだろ、思いっ切り」
「…………」
「取りあえず今はこっちの仕事に集中、な」
「……分かってるよ」

針谷がニヤリと笑って言う。

「ライブが一段落したら、解放してやっからよ」
「……別に! 必要ないし!」
「はいはい。じゃ、行くぞ」

針谷はひと言多い。というか、あのニヤニヤ笑いと言い、人のことをからかって面白がっているとしか思えない。
……全く。こんな目に遭うのもアイツのせいだ。部活の出し物で忙しいのは分かる。分かるけど……朝から全然姿が見えないし、俺もこれからライブの手伝いに向かうからしばらく戻ってこれないし。
その前に少しでも様子が見たかった。別に、何か特別な理由がある訳じゃないけど、ただ、ちょっと気にかかることがあったから、顔だけでも見ておきたかった。


アイツのことは、それからも頭の片隅に残っていたけど、針谷に連れられてバンドの手伝いに走り回るうちに、飛ぶように時間が過ぎていった。







「お疲れ」

針谷たちのステージが終わって、ステージから機材を撤収して、諸々の後片づけをして。気がついたら、窓の外の光は橙色に染まっていた。
バンドのメンバーと話をしていた針谷に声をかけた。

「悪ぃな。結局ほとんど付き合わせちまった」
「別に。こっちも助かった。久々に無駄な気を使わないで済んだし」
「でもアイツのショー、間に合わなかっただろ」

時間を確認するまでもなかった。もう粗方の出し物も一段落した頃だろう。ドタバタしていて、そういうことを気にする暇もなかったし。

「いいんだ。別に」
「いや、よくはねぇだろ。今からでも様子見に行ってやれよ」
「何でそんなことしなきゃいけないんだよ」
「せめてもの罪滅ぼしだろ。あ、そーだ。これ持ってけ」

急に自分のカバンを探り出したかと思うと、針谷は何か紙切れを二枚差し出してきた。

「何だよ、これ」
「クリスマスライブチケットな。今日の礼」

紙切れ……もとい、ライブチケットを受け取る。

「……クリスマスライブって、日付、クリスマスじゃないじゃん」
「クリスマスは学校のパーティーがあるだろ」
「それはそうだけど……」

どこか釈然としない。

「カップルはドリンク半額だかんな」
「カッ……!」
「アイツ誘って来いよ」

二の句が継げないでいる俺を針谷がニヤニヤ顔で見ている。

「な、なんで、アイツと行かなきゃいけないんだよ……!」
「だから、せめてもの罪滅ぼしだろ。おら、さっさと行ってやれよ」

さっきと同じ台詞を繰り返されて、無理矢理背中を押される形で音楽室を追い出された。言い返したいことはまだまだたくさんあったけど……取りあえず、アイツを探しに行こうかと思う。別に、針谷に言われたからじゃないけど。受け取ったチケットを制服のポケットにしまって歩き出した。





手芸部のファッションショーも披露されていたはずの体育館も着々と後片づけが進んでいた。今はもう人の数も少なくて、残っているのは生徒会の連中が主だった。

――ここにはいない、か……。

覗いただけで、踵を返して体育館を後にした。手芸部の部室ってどこだ。家庭科室か。何だかよく分からないオブジェやら、まだ衣装を着こんだままの連中のあいだを縫って目的地へ向かった。

幾らなんでも、家庭科室の様子を一人で伺うのは気が引けた。どうしたものかな、と入り口付近で考えこんでいたら、声をかけられた。

「佐伯クン?」

振り返ると、ジャージ姿には不釣り合いなほど髪を飾りたてた女子生徒が不思議そうに見上げていた。確か、手芸部員の一人だったと思う。何度かあかりと一緒にいるのを見かけたことがある。髪型がいつもより派手なのは、多分ショーの名残だ。訝しげにしている相手に向かって慌てて言いつくろった。

「あっ、いや……実は海野さんに用があって……」
「海野さん? えぇと、部室にいるかな……」

そう言って部室を開けて部員に声をかけている。何度か中で応答があって振り返って被りを振って寄越す。

「海野さん、いないみたい」
「……そっか。ありがとう。他を探してみるよ」

笑顔で礼を言って踵を返した。部室にもいない……ということは、もう帰ったのか? 

教室に戻って自分の荷物を取りがてら、アイツの荷物も確認する。荷物はなし。やっぱりもう帰ったのか? ポケットを探って携帯を取り出す。着信、メールの類はなし。少し考えて、こっちから連絡を取るのはやめた。別に、何か約束をしていた訳でもないし。

教室の窓から校庭を見下ろすと、生徒会執行部の連中が、着々とキャンプファイヤーの準備をしていた。まだ居残っている生徒も大勢いるけど、俺はもう帰ろうと思う。店の手伝いだってあるし。
歩きながら、何故だかムカムカしていた。――何だよ、アイツ。勝手に先に帰るなんて。しかも、俺に黙って。
分かってる。何も約束なんかしてないのだし、随分勝手な理由だとは思う。でも、結局今日一日一度も会わなかった。

あんなに、今日の文化祭を楽しみにしてたのに。

俺じゃなくて、あいつが、という話。
放課後の空き時間は部室に籠って、ずっと今日のファッションショー用の衣装作り。文化祭間際の休みに誘っても、衣装作りが忙しいからと断られた。バイト中も、帰り道に交わす会話も、このところずっと、文化祭の出し物のことばっかりだったのに。あんなに今日のことを喋ってたのに、当日、全然会わなかった。こっちはこっちで忙しくしていたし、様子を見に行くことも出来なかったから、仕方ないけど……でも、さっさと帰らなくたっていいじゃないか。……もしかして、怒ってるのか? いやでも、アイツ、ボンヤリだし、そんなことは……。

「あー、もう……」

ごちゃごちゃ考えるうちに面倒くさくなってきた。一日走り回ったせいで疲れていたし、これからバイトもあるし。アイツには、明日にでも連絡を取ってみようと思う。今日はもう色々あって、疲れた。

そうして校門を出て、学校を後にした。後にしたと思った。



「佐伯!」



やたらとよく通るデカイ声で名前で呼ばれた。ガヤガヤと喧騒が耳を打つ。辺りに人の気配が充満していた。
針谷がずかずかと近づいてきてまくしたてる。

「テメ、こんなとこでサボってやがったのか!」
「……は?」
「は? じゃねーよ、自分の持ち場忘れたのか?」
「いや、持ち場ってもう……」

大体もう帰るとこだったし。
そこで違和感に気付いた。……廊下にいる。確か校門をくぐったはずだったのに。窓の外を見ると、まだ昼の空が広がっていた。さっきまで日が暮れかけていたのに。

「オイ、何ボーっとしてんだよ」

窓の外を見たままで訊いた。

「……針谷」
「んだよ」
「今、何時だ?」
「あぁ?」

針谷が怪訝そうな声を上げた。それでも、携帯を取り出して時間を確認している。赤い精密機器の液晶画面を確認して言う。

「11時10分前」
「……ウソだろ」
「ウソじゃねーよ」

ほら、と液晶画面をこっちに向けて見せつけてくる。確かに、針谷が言った通りの時間だった。11月8日、土曜日の10時50分。針谷のバンドたちの出番は昼過ぎ。でも準備をするうちに、あっという間に出番が来てしまう。さっき経験したばかりのことだ。明るかった液晶画面の明かりが消えて、真っ暗になる。

「……冗談だろ」

こんなバカなことがある訳がない。一日が終わったばかりだと思ったのに、また一日の始めに戻っているなんて、そんな、バカなことが。




2012.06.02
[title:my tender titles.様]
#2に続きます。例によって不思議系の話で申し訳ありませんです;;

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