smooch!


「佐伯くん佐伯くん」
「何だよ?」

いつもの学校の帰り道。
海沿いの道を佐伯くんと並んで歩きながら、他愛もない話に花を咲かせていた。そういう会話の延長線上だったと思う。ふと、思い出したことを口に出してみた。

「今日はキスの日なんだよ」
「キ……っ」

5月23日はキスの日。
学校で友達から教えてもらった話を佐伯くんにも伝えると、佐伯くんは面白いほどうろたえてしまった。佐伯くんは照れ隠しのように、ごほん、と咳払いをひとつしてみせてから、「だから、何だっていうんだよ?」と言った。

「何ってこともないけど……」

何でも、本日5月23日は日本で初めてキスシーンのある映画が公開された日、らしい。それで、キスの日。
佐伯くんの言う通り、“だから何”ってこともなくもない。
でも……。

つい、目が佐伯くんの口元を追ってしまう。男の人のものにしては、やわらかそうな唇。

一度だけ、そこに触れたことがある。
まだ一年生だった頃のことで、今みたいに海沿いの道を並んで歩いていた。5月の最初の日だった。急に立ち止まって振り返った佐伯くんにぶつかったとき、一瞬、唇が触れた。

事故のようなキスだった。佐伯くんも“事故だよ”と言った。だからわたしも、あれは“事故なんだ”と割り切っていたのだけど……。

「な、何だよ……?」

じっと唇を見つめるわたしにたじろいだように、佐伯くんは上半身をのけ反らせた。

「佐伯くん……」


――あれは事故だ、って佐伯くんは言った。

それから……。

――ちゃんと、やり直そう、とも。


「やり直し、する?」


唇から、佐伯くんの目に視線を移して訊いてみた。佐伯くんは目を見開いて、それから、

「ば、バカっ!」

力いっぱい言って、これまた力いっぱいチョップされてしまった。

「い、痛いよ佐伯くん! 酷いよ!」
「酷くない。おまえがバカなこと言いだすからだ」
「バカなことじゃないよ。大事なことだよ?」

少なくとも、わたしにとっては大事なことだ。佐伯くんは、大事じゃないのかな。……忘れちゃったのかな。何だか、とても悲しい。

「……ごめん」

さっきチョップされたつむじの辺りに手を乗せられた。そのまま優しく撫でられる。

「俺も大事なことだって思わない訳じゃないんだ。ただ……」

言いにくそうに佐伯くんが口ごもる。

「ただ、ああいうことは……その、軽いノリとかで片付けたくないしさ……」
「佐伯くん…………」
「だからまた今度な?」

頭の天辺に乗せられた手のひら越しに、優しく目を細めた佐伯くんの顔が見えた。……佐伯くんも大事に考えていてくれているんだ、きっと。

「うん…………」

佐伯くんの気持ちは分かったのに、何故だか、少し残念に思っている自分がいた。落ち込むわたしの前髪を佐伯くんの指先が、さらりと払いのけた。それから、額に何かやわらかいものがそっと触れた。この感触は……。

「今は、これだけ」

見上げると、前髪を払いのけられて、いつもより鮮明な視界に、佐伯くんの恥かしそうな顔があった。

「佐伯くん……今……」

呆気に取られて佐伯くんの顔を見つめていると、佐伯くんは本格的に恥かしくなったのか、顔を背けて、一人さっさと先に歩き始めてしまった。背中を向けたまま言われてしまう。

「店、あるから、急ぐぞ!」
「う、うん……!」


――また今度な?

――今は、これだけ。


さっきの佐伯くんの台詞を反芻しながら、佐伯くんの背中を追いかけた。――また、今度。それから、今はこれだけ。そうして、額へのキス。そこに不器用な彼なりの精一杯の歩み寄りを感じて、何だかとてもこそばゆい。

いつか、佐伯くんの言う通り、本当に“やり直し”をする日も来るのかな。……来るといいな。こっそりと胸の中で願って、佐伯くんのあとに続いた。






2012.05.23
*キスの日に寄せて。
*キスの日の瑛主。
*ツイッター上のやり取りがなければジェバれなかったお話です。Sさんありがとうございました……!

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