Sweet Spice


(*卒業後のお二人なので(当社比で)甘甘かもですー)




――甘いお菓子にスパイスをひと匙、思いを込めて。


用意するのはチョコレート。

けれど、甘いチョコではなくて、甘すぎないビターチョコ。湯煎で溶かしたチョコに生クリームを加えてかき混ぜる。
そこにスパイスをひと匙。彼の好みの味になるように、赤いスパイスを加えて、ぐるぐるとかき混ぜる。

おいしくなりますように。
彼の好きな味になりますように。
そう祈りながら、よくかき混ぜる。





「瑛くん、はい、これ」
「何?」

翌日、瑛くんのお家にお邪魔した時、前日に用意しておいたものを手渡した。
瑛くんは差し出された小さな紙袋をじっと見つめている。中身がむき出しのままだと味気ないからと、手持ちの小さな飾り気のない茶色の紙封筒に、これまた手持ちのリボンとマスキングテープをあしらってみた。
そうしてみたら、小さな素っ気ない紙袋は、何だか瑛くん専用のプレゼントみたいな見た目になってしまった。もちろん、それは間違いではなかったのだけど。

瑛くんは幾分はにかみながら「サンキュ」とプレゼントを受け取ってくれた。中身を確認して少し驚いたように目を見開く。中身はチョコレートだ。ココアパウダーをまぶして、ころんと丸めたトリュフチョコ。見た目は、という話。

「……チョコ?」
「うん、チョコだよ」

条件反射のように瑛くんはカレンダーを確認する。

「あのさ」振り向きがてら、言いにくそうに言葉を続ける。

「バレンタインは半年以上先だぞ」
「うん、そうだね」

今はまだ5月。瑛くんの言う通り、バレンタインはまだまだ先のことだ。
あっさりと肯定したわたしの顔を瑛くんはしばらくの間じっと見つめていたけど、そのうち根負けしたように、はあ、とため息をついてみせた。

「コーヒー入れてやるから、これ、一緒に食べよう」
「うん」

そう言って席を立った瑛くんに頷きを返して、わたしも手伝うために彼のあとに続いた。





テーブルにはカップが2つ。それから、手作りチョコ。マグからは湯気が立ち上る。そろそろ冷たい飲み物でも良さそうな季節だけど、チョコレートにはやっぱり温かい飲み物が似合う。
瑛くんはブラックコーヒー。わたしはミルクをたっぷり入れたカフェオレ。ちなみに、いつも、珊瑚礁ブレンドとは違う、ミルクに合う豆をブレンドして淹れてくれる。
「お客さんの好みに合わせて淹れるのは当たり前だろ」と前にしたり顔で言っていた瑛くんを思い出す。「それが俺流なの?」と返すと、「違う。それがバリスタなんだ」と訂正された。そっかぁ、バリスタさんはそういう気遣いが出来るお仕事なんだなぁと感心したことを覚えている。
瑛くんが淹れてくれるカフェオレは優しい味がする。飲みやすくて、おいしい。

いつもはカフェオレに砂糖は入れないのだけど、今日は角砂糖を一粒……二粒、入れてみる。瑛くんが怪訝そうにわたしを見る。悪いことを見つかった子どものような気分で言い訳をした。

「甘い飲み物が飲みたい気分だったから……」
「チョコを食べるのに?」
「うん」
「……ふぅん?」

何だか納得しかねる様子の瑛くんを促す。

「ほら、コーヒーが冷めないうちに食べようよ!」
「ああ、うん……そうだな」

瑛くんも思いだしたように頷く。

「じゃあ、食べるか」
「うん」

瑛くんがチョコに手を伸ばすのを、ウキウキとした気分で見つめる。チョコに手を伸ばそうとしないわたしを瑛くんは不審に思ったのか、一度チョコを口に運びかけた手を止めて「食べないのか?」と訊いた。

「あ、あとで!」

慌てて言いつくろう。

「ほらだって、わたしからのプレゼントだし、瑛くん、先に食べてよ!」
「…………ふぅん」

何だか納得しかねる様子で瑛くんはチョコを口に運んだ。

「じゃあ、いただいます」

ドキドキと瑛くんの反応を見つめる。

「……あ、ビターチョコ?」
「うん、そう」
「へえ。けっこううまい…………あれ?」

瑛くんが僅かに眉をひそめる。気づいてくれたのかな、と心が浮き立つ。

「ちょっと変わった味がするな……」

指先についたココアパウダーを舐めながら瑛くんは首を傾げる。

「何か入れた?」

瑛くんの質問を受けて、わたしは張り切って答えた。

「うん、愛を少々、ね!」

「はぁ?」

瑛くんが“何だそりゃ”という顔で声を上げたので、説明を続ける。

「辛いものが好きな瑛くん専用に愛を込めて作ったんだよ」

眉をコイル巻きに引き上げて、瑛くんは何とも言えない顔をしている。

「……愛って、おまえなあ…………」
「愛だよ」

瑛くんがお客さんの好みに合わせてコーヒー豆のブレンドを変えるのと同じ理屈だと思う。
せっかくなら、その人の好みの味のものを食べてもらいたいから。
だから、辛いものが好きな瑛くん用に少しスパイスの効いた、あまり甘くないチョコを作ってみた。

「……俺が聞きたいことは、な」
「うん」
「このチョコに入ってる隠し味のことなんだけど」
「だから、愛だよ?」

瑛くんがため息をつく。

「それは分かったから」

――あ、分かってくれたんだ。

ため息をつきつつ、瑛くんはもう一つチョコを口に運ぶ。すると瑛くんの動きが一瞬止まった。口元を押さえて何度か瞬きをする。――あ、大当たりだ、と思った。

「…………っ」

手のひらで口元を押さえる瑛くんに訊ねる。

「辛い? 瑛くん、辛い?」
「…………〜〜〜〜、辛っ……く、ない」

負けず嫌いな瑛くんはそう言うけど、辛そうだった。顔が赤くなってる。何とかチョコを飲み下したらしい瑛くんに「お水、飲む?」と訊く。「……飲む」と幾分素直な反応が返る。わたしが手渡したお水を飲んで息をつくと、瑛くんは言った。

「……分かった。チリペッパーだ」
「うん、正解」

それが愛の正体。

「で、今のは?」
「大当たりチョコだよ。2個目で大当たりなんて瑛くんラッキーだね!」
「じゃないよ! チョコの味じゃなかったぞ、今の! 何を盛った?」
「ハバネロパウダー」
「…………」
「特別愛情増量チョコだよ♪」
「アホかっ」
「い、痛ーい!」

愛情特別増量チョコを渡したのに、お返しは特大チョップだった。ひどい!

「せっかく、瑛くん好みのチョコにしたのに……」
「ものには限度ってものがあるだろ」
「でも……」

さっきチョップされた箇所が痛くて自分の頭をさする手に、瑛くんが手のひらを重ねた。瑛くんの手はわたしよりもずっと大きくて、そうされるとすっぽりと隠れてしまう。そのまま、手を重ねたまま、頭を撫でられた。……何だか小さな子どもにでもなった気分。

「甘いものまで辛くしなくたっていいんだよ。別に、甘いものが嫌いな訳じゃないんだから」
「そう、なの?」
「そう。甘いものは甘いもので、結構好きだし」
「そうなんだ……」

それじゃあ、わたし、瑛くんの好きなものを作れた訳じゃないのかな……。そっか……。

「ま、でも」

俯けた頭に、ふ、と瑛くんが笑う気配を感じた。

「俺のこと考えて作ってくれたんだよな」

乗せられた手のひらごしに瑛くんの顔を見上げる。瑛くんは目を細めて微笑んでいた。嬉しそうに、優しく。

「……サンキュ」

まっすぐに目を見つめて、面と向かってお礼を言われて、何だかすごく気恥かしくなった。
「えへへ」と照れ隠しに笑うと、瑛くんも釣られたように顔をほころばせた。

「まあでも、さっきのは辛すぎ。まだ口の中ひりひりするし、何か、体も熱いし、ドキドキするし……」
「あ、もしかして、愛が効いたのかな?」
「スパイスのせいだろ」

軽く、こつん、とチョップされてしまった。咄嗟に目を瞑ってしまう。「……ヘンな顔」と瑛くんが軽く噴き出す気配がする。目を開けると、台詞とは裏腹に、瑛くんは優しく目を細めてわたしを見つめていた。
そういえば、距離がとても近い気がする。
頭に乗せられていた手が動いて、髪を撫でられながら、瑛くんを見上げて訊いた。

「さっきの、すごく辛かった?」
「まぁな」

頷いて、瑛くんは「……試す?」と聞いた。「え?」聞き返す暇もなかった。不意に距離が詰まって口づけられた。優しく、柔らかく、唇がふれあう。ふれた舌先が熱い。瑛くんの熱が伝わる。心臓が早鐘を打って苦しい。唇が離れてからも、頭の芯が痺れたように、ぼうっとなっていた。まだ鼻先が触れそうな近い距離で瑛くんが囁く。

「……辛い?」

熱に浮かされたような、ぼうっとした頭で答えた。

「ううん……」

瑛くん好みのはずの辛いスパイス入りのビターチョコ。甘くはないはずなのに、とても……、

「甘かった」
「……俺も」

同じように熱を孕んだ瞳で瑛くんは囁いた。どちらともなく距離を詰めて、また、キスをする。愛を込めたスパイスは、確かによく効いたのだと思う。あなたにも、わたしにも。




2012.05.18
*甘い香辛料。
*Special Thanks!⇒ぽんさん

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