mofumofu suru?


高校一年の誕生日に瑛くんがプレゼントしてくれたカピバラのヌイグルミをもふもふするのは、実は日課になっていたりする。
とぼけた顔のカピバラを胸に抱きしめて頬ずりしてみる。かわいいなあ。プレゼントされたときは、“なんでカピバラなんだろう?”と不思議に思ったものだったけど、ずっと一緒にいるせいか、今ではとてもかわいくて手離せない。
ふわふわのもふもふなヌイグルミを抱きしめていると何だかストレスが軽減される気がする。きっと癒し効果があるんだろうなあと思う。とぼけた顔なのに、すごいなあ。そうして、もふもふ、とヌイグルミを抱きしめていたらピコンと瞬いた。

――これはいいアイディアかも。

部屋の明かりを消して、カピバラのヌイグルミとベッドにもぐりこみながら、不意に思いついたアイディアに胸を高鳴らせて、瞼を閉じた。――明日、さっそく持ちかけてみようっと。





その日は週明けにテストを控えているし、春から初夏に向けて店の新メニューを毎晩遅くまで考えたり、昼休みは連日女子のグループに掴まって拘束されるで、疲労がピークだった。
新メニューを考えるのも、店のことに時間を割くのも別に辛くはないし、むしろ楽しいくらいだけど、夕べほとんど徹夜をしてしまったのは失敗だった。頭がボーっとして、まるでおがくずでも詰まっているみたいだ。全然頭が働かない。

今日も昼休みに女子のグループから誘われそうになったけど、何とか理由をつけて断った。もう愛想なんか振りまく余裕も自信もなかったし、兎に角、少しでも疲労を回復したかった。でないと午後の授業もバイトも持ちそうになかったし。

そういう訳で例の昼寝スポットに向かってみたら、先客がいた。とぼけた顔の最大のネズミ。じゃない、あかり。いや、あながち間違いでもない。

「……何してんだ」
「あ、瑛くん!」

木のふもとに腰かけて、無邪気に手を振る天然ボンヤリなカピバラは胸元に同類を抱えてニコニコしている。そのとぼけた顔には見覚えがある。何せ、目の前のボンヤリの誕生日に俺が贈ったプレゼントだったし。とぼけた、のほほんとした顔が目の前のボンヤリを彷彿とさせて笑いを誘ったものだったし。それ以上に、まあ、控えめに言ってかわいいと言えなくもない気がしたから選んだのだし。

問題は、そんなプライベート丸出しな代物を何だってこんな場所に持ってきているのか、ということだ。あかりはというと、こっちの心境なんかおかまいなしに屈託がない。軽く小首なんか傾げて人を見上げてくる。無自覚なんだろうか、無自覚なんだろうな。全く始末に負えない。何故って、胸元のヌイグルミとの相乗効果で、随分と、まあ、可愛いんじゃないかと思わなくもないからだ。絶対に口に出しては言ってやんないけど。

「瑛くん、お昼?」
「まあな」
「ここ、穴場スポットだしね」
「ああ。人目につかないしな」

まあ、先客がいたけど。でも、こいつなら、まあ、いいかなって思う。こいつの前じゃ、猫を被る必要がないし。
中庭の茂みに隠れた一角。広いとは言えないから、隣りに腰かけると、必然的に距離が近くなってしまう。購買のパンを取り出してみせると、あかりはこっちの手元を覗き込みながら「あ、超熟カレーパンだ!」なんて声を上げる。そういえば、こいつは昼、どうするんだろう。ここで一緒に食べるつもりだったりするのかな。
気になって声をかけようとしたら、先に声をかけられた。「あ、そうだ、瑛くん」とか何とか、何かを思い出したように、何でもない調子で、

「もふもふする?」

こっちの手元を覗きこんだまま、気持ち、少しだけ小首を傾げて、胸元のカピバラを口元まで抱えあげて、そんなことを言った。最大のげっ歯類と同じ色味の、でも、ふわふわとやわらかそうな髪が、首元でふわりと揺れる。濡れたような、黒目がちな目が見上げてくる。何の打算もなさそうな、無邪気な素直そうな黒い瞳だ。全く何のつもりだと思う。全然、思惑を推し量れない。さっきのあかりの台詞を頭の中で反芻。――もふもふする、だって? 人の気も知らないで、このカピバラは!

天然ボンヤリは全く無邪気な、愛くるしいと言えなくもない目で答えを待ちかまえている。そのヌイグルミと同じ色の髪のつむじ辺りにチョップをしてやりたい衝動を食べかけのカレーパンと一緒に飲み下して、代わりに別の台詞を口にした。

「つか、何だよ。いきなりもふもふとかって」
「だって、瑛くん、疲れてるみたいだったから」

心持、胸元のヌイグルミをもふもふとさせながら、あかりはそんなことを言う。話の筋道が全然見えなかった。疲れてるせいだろうか。こんな問答もめんどくさい。頭が働かない。カレーパンは何だか、おがくずでも食べてるみたいに味がしない。ダメだ、相当疲れてる。というか、眠い。ボンヤリの訳の分からない前フリのせいで、余計に眠気が増した気がする。

「……疲れてると何でもふもふする必要があるんだよ」
「疲れてると、もふもふしたくならない?」
「なんない。つか、何だよ。もふもふって」
「こう、ヌイグルミをこうね、ぎゅっと抱きしめたりとか……」

そう言って、ご丁寧に実演してみせた。つやつやと黒目がちな目をした、とぼけた顔のヌイグルミを胸元に抱きしめる、天然カピバラ……。柔らかそうで、確かに気持ちよさそうに見えないこともない。抱きしめたカピバラごしに黒目がちな目が言う。茶色い、柔らかそうな髪越しに。

「こうすると、癒されるんだよ」

――分からなくもない、と思う。確かに、抱きしめたら柔らかそうだし、可愛いだろうし、何より、言われた通り、気持ちいいだろうなって思う。でもさ、そんなことする訳にいかないだろ。いつも自分に言い聞かせていた言葉だ。そんなこと、絶対にしたらダメだって。我慢しきゃなダメだって。言い聞かせてたのにさ、このカピバラは全然、人の気を知らないんだ。人の努力を無駄にするようなことを言って、翻弄するんだ。

でも、何だかもう、疲れたし。眠いし。
カピバラも、ああ言ってるし。

「……分かった」

もう、いいかなって。

心なしか顔を輝かせてカピバラが言ってくる。

「もふもふする?」
「うん」

頷くと、何だか嬉しそうににっこりと笑ってカピバラがカピバラを差し出してきた。それをスルーして大きめのカピバラを抱きしめた。予想通り、柔らかいし、華奢な背中に回した腕が余るほど、小さかった。

「て、瑛くん!?」

胸元で慌てたような、焦ったような声がくぐもって聞こえてくる。自分で言い出しておいて何を慌ててるんだって思わなくもない、けど、もちろん、慌てる理由も分かる。分かるけど……、

「じゃあ、遠慮なく」

さっきチョップを落としてやりたかったつむじの辺りに鼻先を当てて、息をつく。腕の中で小さな体が少し震えた。

「……なあ」
「な、なに?」
「もうちょっと、このまま」

少しだけ、回した腕に力を込める。ぎゅっと抱きしめる、とまではいかないように、あくまで、ヌイグルミをかわいがる程度の力で、腕の中のカピバラ二匹に言う。昼休みなんて、きっとあっという間だ。あっという間だけど、もう少し、このままでいさせて欲しい。

「う、うん……」

腕の中で強張っていた体の力が抜ける。一層柔らかくなった体を今度こそ抱きしめて、息をついた。何か、甘いような、いい匂いがする。ドキドキして心臓に悪そうだけど、それ以上に、やっぱり落ち着く。何だか、ようやく一息つくことが出来た気分。カピバラ効果っていうのかな。確かに落ち着くし、癒される気がする。――こういうのも、たまには良いかな、と思う。たまには、という話。





2012.05.15
*もふもふする?
*カピバラデイジーと、たまには報われ瑛たん(?)
*ほんと、学校で何やってんでしょうねぇ、この人たち……(*´`*)

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