灯り


ふと思い立って佐伯くんに質問をしてみる。

「佐伯くんはどのくらいわたしのことが好き?」

途端、佐伯くんはごほごほとむせてしまった。ちょうどコーヒーを飲んでいるときだったから危なかった。ひとしきり咳き込んで、佐伯くんは慎重にコーヒーカップをソーサーの上へ戻すと、じろり、とわたしを見下ろした。

「……何が狙いだ」
「別に」

軽くかぶりを振る。

「ただ、ちょっと聞いてみたくなっただけだよ」

そう言って見上げてみる。
佐伯くんは何か言いたそうに口を開きかけたけど、結局を目を逸らしてしまった。……怒っちゃたかな? 眉間に深い皺がいっぽん、通っている。

しばらくして、顔を窓の外に向けたまま、佐伯くんは口を開いた。

「……おまえさ、夜の海で泳いだこと、あるか?」
「ううん、ないよ」

わたしは頭を振った。顔を背けたまま、頬づえをついたまま、佐伯くんは続けた。

「俺はあるよ。暗いんだ、すごく」

わたしは夜の海を頭に思い浮かべてみる。すごく、真っ暗な夜の海を。

「月や星が出てる日はいいんだ。まだ明るいから。でも、月も星も出ていない夜もある。そういう日は本当に真っ暗だ。海も空も真っ暗で……真っ黒で、自分がどこにいるのかも分からなくなる。気を抜くと岸も沖も、自分が今どこに向かっているのかも見失いそうになるんだ」

佐伯くんの話を聞きながら、わたしはどうしてか、別のお話を思い出していた。――人魚と別れてからというもの、若者は来る日も来る日も海を眺めて過ごしました。……そして、とうとう決心して月夜に船を漕ぎ出しました――若者も、もしかしてそうだったのかな。人魚を探しに海へ船を漕ぎ出した若者も、夜の海の暗さに困ったのかな。自分の居場所さえ分からないくらい真っ暗なら、誰かを探すことなんて、到底出来そうにないと思う。

「でもさ」と佐伯くんが言った。前を向いて、わたしのことをじっと見つめて、言葉を続けた。

「そんなとき遠くに灯りが見える。小っぽけな丸い点だよ。本当に小さな灯りだ。どれだけ泳いだら辿り着けるかも分からないくらい、小さな、微かな灯りなんだ。だけど、もう真っ暗じゃない。小さな灯りだけど、それを目印に泳いで行けばいい。もう自分の場所や目的地が分からない、なんてことはないんだ。だって、その灯りが目的の場所なんだから」

佐伯くんの話を聞きながら、その灯りは灯台の光なのかもしれない、と思った。二人を気に毒がって村人が建てたという、灯台の。

佐伯くんは一度言葉を切ると、目を伏せて訊ねた。

「…………そういう感じ……分かるか?」

わたしは頷きを返した。たぶん……分かると思う。

「うん、分かると思う」
「……そっか」

佐伯くんはコーヒーを一口飲むと、「おまえは?」と訊いた。

「おまえは、どうなの?」

釣られたようにわたしもコーヒーを一口飲みながら、佐伯くんの台詞を頭の中で反芻した。――おまえは、どうなの? 佐伯くんと違って咳き込むということはなかったけど、こういう切り返しがあるとは思っていなくて少し驚いた。

慎重にコーヒーカップをソーサーに戻して、わたしも口を開く。今度は、わたしの言葉で、わたしのお話を、佐伯くんに伝えるために。




2012.03.12
*元ネタは村.上.春.樹/安.西.水.丸『夜.の.く●ざ.る』所収「夜.中.の.汽.笛.に.つ.い.て、あ.る.い.は.物.語.の.効.用.に.つ.い.て」です。

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