あなたとわたしがゲキテキな変化を遂げる 冬 #13


学校へ行こうとしてドアを開けたら、じいちゃんから呼び止められた。

「ああ、そうだ。瑛」
「何? じいちゃん」
「明日のこと何だが……」
「?」

向き直ってじいちゃんの話に耳を傾けた。





外はよく晴れて、空気も暖かかった。すっかり春だ。過ごしやすい季節になった。なのに、気分が晴れなかった。朝にじいちゃんから持ちかけられた話のせいだ。何でだよ、と思う。こんな季節なのに、もったいないと思う。思ってから、こんな季節だからこそ、なのか、と思い直す。どっちにしても、釈然とはしない。全く、何でだよ。

イライラしながら足を進めていたら、いつの間にか、もう校門が見えていた。気を取り直してに頭の中を切り替えた。





「佐伯クーン、今日はウチらとご飯食べようよ〜」
「えっ? ズルイ、今日はウチらの番だよ!」

いつもの日常、ありふれた毎日……。ほとんど毎日の日課になった笑顔を顔に張り付けて、当たり障りのない態度を取る。

「……みんなで食べようか?」

言い合っていた女子たちが目と目を見合わせる。少し考え込むような顔つきになって、「それでもいいよ」という声が上がる。笑顔で頷きながら、内心でため息をついた。……疲れる。今日も、例によって。

この分だと、帰りもこんな感じだろうか。昨日は上手く撒いたけど、今日はどうだろう。……待て、撒いてない。撒いたと思って、海沿いの道を歩いているところで、声をかけられたんだ。「佐伯くん!」って。「どうしてここにいるの?」って妙な質問付きで、妙なヤツから声をかけられた。――海野。もう名前まで覚えてしまった。そういえば、あいつは今日学校に来ているんだろうか。朝から姿を見ていない。

「佐伯クン? どうしたの?」
「手、止まってるよ?」
「えっ? あ、ああ、うん、そうだね……」

すっかり気を取られて箸が止まっていた。あいつのことなんて、どうだっていいだろ。あんな訳の分からないトラブルメーカーのことなんか……。
……ちゃんと家、帰れたのかな。鍵、失くしたって言ってたし。

「………………」
「佐伯クン?」
「……ごめん」
「え?」
「急用、思い出した。先に失礼するよ」

自分の分の弁当を片付けて、呆気にとられる女子たちを残して教室を出た。……どうしてか、あの自分の家の鍵を失くすほどのうっかり者の顔、海野の顔が頭から離れない。情にほだされた、とは思いたくはない。





とはいえ、探すあてなんかあるはずもなく。飛びだしてみたのは良いものの。
各教室を覗いて回る、というのは論外だ。今は昼休みで生徒の姿もまばら。いちいち一つ一つのクラスから探すのも面倒だし手間だ。

――どうするかな。

途方に暮れていたら視界の先に担任のうしろ姿が見えた。

「あの、若王子先生!」
「やや、佐伯くん」

振り向いた担任の「どうかしましたか?」という顔を見ながら、どう質問したものかな、と思う。知っているのは名前だけだ。それから、多分、この学校の生徒だということ。同じ学校の制服を着ていたし……。

「その、人を探していて……」
「人を?」
「海野あかりという生徒なんですけど」
「海野あかりさん……」
「ここの生徒だと思うんですけど……」

若王子が海野の名前を復唱する。少し考える顔になって、顔を上げる。

「心当たりがありませんね……。すみません」
「……そうですか」

若王子にも心当たりがない、ということは同じ学年じゃないんだろうか。それとも……。

「あ、でも」
「え?」
「もしかしたら、転校生かもしれません。先生、少し心当たりがあります」
「……転校生?」

思わず、鸚鵡返ししてしまった。若王子は顎先に手を当てて、「もしかしたら、まだ保健室で休んでいるかもしれません」と言った。また鸚鵡返しに返してしまった。

「保健室?」

何でも、今朝、校門で倒れた女子生徒がいたらしい。そのまま保健室へ運んで休ませているという。若王子も見覚えがない生徒で、もしかしたら転校生かもしれないと思っていたらしい。
その生徒が海野かどうか分からなかったものの、保健室へ向かった。若王子は少し用を済ませてから自分も保健室へ行くと言っていた。そのとき名簿も調べてくる、とも。

「……失礼します」

保健室のドアをノックしたけど、返事がなかった。昼休みだからだろうか。誰もいない。奥を見ると窓際のベッドを隠すように白いカーテンが引かれていた。窓が開いているのか、白いカーテンがゆらゆらと揺れている。誰か、寝ているのかもしれない。

音を立てないように、そこに近づいた。保健室は酷く静かで、少し音を立てただけでも騒音になりそうだった。窓の外や廊下の奥から響く喧騒を酷く遠く感じた。

白いカーテンに手をかけて中を覗いた。白いシーツにくるまって眠っている海野がいた。今朝のことを思い出してしまう。……いらないことまで思い出しそうになって、顔が熱を持つ。今は関係ない、うん。

それにしても、昨日といい今日といい、眠っている姿ばかり見ている気がする。どれだけ眠いヤツなんだ、こいつは……。それから、泣いている顔。最初に会った時も、少し話しただけで泣いてしまった。

「………………」

それにしても、よく寝ている。このまま眠らせておいた方がいいのかもしれない。こいつのことは、あとで若王子に聞くとして、もう帰った方が……。

「!」
「…………ん」

戻ろうとして、引きかけたカーテンが思いのほか、大きな音を立てた。シャッ、という硬質な音が保健室に響いた。海野が、ゆるゆると瞬きをして、目蓋を持ち上げる。

「………………」
「……悪い、起こした」
「佐伯くん……」

まだ寝声のまま、海野が名前を呼んだ。名前を呼んだ拍子に海野の黒目がちな目から、涙がこぼれた。透明な滴が目の縁から流れ落ちる。白いシーツから伸びた手に袖を引かれた。

「ごめんね、佐伯くん」

起こしたのは俺なのに、何故か海野が謝った。



>> next
>> back


2012.03.07

[back]
[works]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -