For Sweet February #4
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お昼休み、謎めいて笑う水島さんがわたしにくれたプレゼントはナチュラルメイクセットだった。慣れないメイクに戸惑いながら、目元のクマを隠すためにパウダーをはたいてみる。きらきらと、微細なパールが目元を明るく輝かせる。……鏡越しに、少しマシになった顔色を確認しながら、ここにはいないお友達にお礼を言う。それから……。
――やっぱり、瑛くんにちゃんと謝ろう。
このまま口もきかない、目も合わないままなんて、イヤだ。携帯電話を手にとって、久しぶりに呼び出す瑛くんの番号を画面に表示させた。深呼吸をついて、通話ボタンに手をかけた。
途端、携帯が震えて取り落としそうになった。
「……もしもし?」
反射的に押してしまった通話ボタンから、微かに声が聞こえてくる。この声は……。
「て、瑛くんっ!?」
勢い込んで、電話を耳当てて声を上げてしまった。沈黙の後、苦々しげな瑛くんの声が電話越しに聞こえてきた。
「…………おまえ、声、大き過ぎ」
「あっ、ご、ごめん……」
「ったく、相変わらず、そそっかしいな。……と、それは良いんだ」
「良いの?」
「や、良くはないけど……ああもう、蒸し返すな」
「ご、ごめん……」
「いや、俺も……ごめん」
「瑛くん……」
「ちょっと、外、出れるか?」
外に出てみると、家の門の前で瑛くんが待っていた。例えば、休日のお別れのときみたいに門の前に佇む瑛くんの姿をみたら、何故かまた涙腺が壊れそうになった。
「瑛くん……」
「ごめん、夜遅くに」
「ううん、どうしたの?」
「……これ、渡しそびれたから」
どこかのお店のものらしい紙袋を差し出された。
「あと、誕生日、おめでとう」
どこか照れくさそうに目を伏せながら、寒いのか、鼻先と頬を赤くしながら、言ってくれた。
瑛くん、覚えててくれたんだ。わたしの誕生日。
「ありがとう……」
「や、どういたしまして」
「開けてもいい?」
「ああ、どうぞ」
紙袋を受け取って、中のプレゼントを取りだす。
「わあ……」
プレゼントはチョーカーだった。街灯に青い石がキラキラと光る。
「つけてみても、いい?」
「どうぞ。……つーか、それはもうおまえのだろ」
「そっか……うれしい」
つけるのに、もたついていたら、見かねたのか「貸して。つけてやる」と言われた。
「で、でも!」
「いいから、ほら」
「うん……」
後ろを向いて、手で髪を上げる。瑛くんの手が前に回って、首に、ひんやりとしたチョーカーが巻きつく。何だかくすぐったい。首の後ろで、ぱちん、と金具を止める音がした。瑛くんの手が離れていく気配がした。
「……ありがとう」
振り返って、お礼を言う。鎖骨のくぼみの部分に、ちょうど、中央の青い石がおさまる感触がする。少しふざけて、「似合う?」と訊いてみた。心持ち首を傾げて。
「ああ、うん」
てっきり、“調子に乗るな”なんて言って、チョップが降ってくるかと思った。
けれど瑛くんは、ひどく優しく笑って、こんなことを言う。
「よく似合ってる。綺麗だ」
わたしは思わず、面喰って、聞き返してしまう。
「えっと、チョーカーが、ってこと?」
瑛くんは呆れたように絶句したのち、右手を軽く掲げた。
「痛っ」
やっぱりチョップされてしまった。
「そういうことを自分から言うな」
「でも…………」
「せっかく、人が優しくしようと思ったのに……」
「優しく?」
聞き返してみたら、瑛くんは少し気まずそうな顔をして見せた。
「少し、反省したんだ」
ぽつり、ぽつり、と瑛くんは続けた。
「このあいだ……怒ってたろ、おまえ。それで、ちょっと反省した」
「瑛くん……」
わたしは慌てて頭を振った。
「ううん! わたしこそ、酷いこと言って、ごめん。ごめんなさい」
瑛くんはちゃんと優しいのに、あんなこと言うなんて……。
昼間の水島さんの言葉を思い出す。ちゃんと謝ることが出来て良かった。
瑛くんが照れくさそうに少し笑う。
「誕生日、おめでとう」
「うん、ありがとう」
「……うん。今日中に言えて、良かった」
瑛くんの笑顔を見つめながら、やっぱり、この笑顔が好きだなあ、と思った。他の人に見せる、王子様然とした笑顔じゃない、本当の瑛くんの笑顔。
誕生日プレゼントも嬉しいけど、何より、この笑顔を向けてくれるのが、嬉しい。
「……ニヤニヤするなよ」
「……瑛くんこそ」
「俺はしてない」
「そうかなあ……」
「そうなんだ!」
「……ふふっ」
「なんだよ、だから、ニヤニヤすんなって……」
「あのね、瑛くん、ありがとう」
「…………」
「プレゼント渡しに来てくれて、ありがとう。すごく嬉しい」
「……ああ、そう。良かった、な?」
「うん」
瑛くんが来てくれて、今日はとても素敵な誕生日になったなあ、と思った。
2月は誕生日以外にもいろいろとイベントがあって、実は忙しい。忙しいけど、やっぱり、2月が好きだ。これは、誕生日だけが理由ではなくて。
「あのね、瑛くん」
2月の夜の、まだ冷たい、寒そうな風の中、わざわざ家までプレゼントを届けに来てくれた男の子に向けて、質問を投げかけてみる。
「チョコレートは、好き?」
ケンカ別れしてしまった、あの放課後に本当は聞いてみたかった質問。遅くなってしまったけど、ようやく聞けた。
暗い街灯の光の下でも分かるくらい頬を赤くさせて頷いた瑛くんに「じゃあ、楽しみにしててね」と笑いかけた。頬が赤いのは、きっと寒さだけが理由じゃないはず。多分、きっと。
――やっぱり、2月が好きだなあ、わたし。
もう、すぐそこに迫るイベントに思いを馳せて、強く、思った。
For Sweet February
[30000hit thanks / 2012.03.01]
*la chocolat saison.
*甘い季節に甘い贈り物を大好きな君へ。どうかお幸せに!
*リクエスト内容は【デイジーが瑛たんに誕生日をお祝いして貰う】でした。
*あやかさんに捧げます。
*完成まで大っ変時間がかかってしまって、ごめんなさい。すっかり遅くなってしまいましたが、素敵なリクエストをありがとうございました。それから、(きっと過ぎてしまいましたが)お誕生日、おめでとうございました。
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