For Sweet February #2






「助かった……」

女の子たちの人垣から抜け出すことに成功した瑛くんは、海沿いの道を歩きながらため息をついた。

あのあと、わざとらしく職員室方面へと去っていく瑛くんの背中を見つめながら、わたしもそそくさと玄関へ向かった。背中に女の子たちの視線を感じながら、やっぱり、こういうのは何度繰り返しても居たたまれないなあ、と思った。

そうして、一人家路を急いでいたら、後から瑛くんが追いかけてきてくれたんだった。現金なもので、一緒に帰れるのかな、と思ったら嬉しくなってしまった。先に瑛くんに“一緒に帰ろう”と言っていた女の子たちを追い払うような真似をしたのは、わたしなのに。

「助かった」とぼやくように、ため息をつくように言う瑛くんに、「いつも大変そうだね」と返す。「まあな」と疲れたような声が横合いから降ってくる。

「毎日毎日堪らないよ。こっちは急いでるのに、あいつら、そういうことお構いなしに誘ってくるし……いつも、断るだけで一苦労だよ。時間なんて、全然ないのに」

吐き出すように瑛くんが言う。わたしは少し考えて、「それはちょっと酷い言い方じゃない、かな?」と首を傾げてしまう。瑛くんがムッと眉間に力を込める。

「酷くなんかない。むしろ酷い目に合ってるのは俺だろ。ただでさえ時間がないのに……今日だって、すごいタイムロスだ」

ムッとした顔のまま言う瑛くんの横顔を見つめながら、瑛くんの言葉を噛みしめる。自分なりに咀嚼して、飲み込んで、少し胸の中が寂しくなる。そっか……。

「じゃあ、今日も、ゆっくり一緒には帰れないんだね……」

瑛くん、とても急いでるみたいだし、忙しいみたいだし……。それはいつものことなんだけど、“もしかして今日は一緒に帰れるのかな?”と期待した分、落ち込みが激しい、かも。

「なっ……」

わたしの返答に、瑛くんはビックリしたように目を見開いた。慌てたような調子で続ける。

「なんだよ……別に、そうは言ってないだろ……!」
「でも、さっきから、すごく急いでるみたいだから……」
「それは……そうだけ、ど…………でも、それとこれとは、ちがうだろ」

もごもごと口ごもりながら瑛くんが言う。手のひらで顔半分を覆いながら喋るので、ちょっと聞きとりにくい。

「ちがうの?」
「………………」

どうちがうんだろう? 本当は忙しくないの? よく分からない。
瑛くんの言いたいことをはかりかねて、しばらく見つめていたら、たまりかねたように瑛くんは声を上げた。

「あーもう! ウルサイ! 人の上げ足を取るようなことばっか言うな!」
「!? 言ってないよ! そんなこと!」
「言ってたんだ! それくらい……察しろよ、バカ」

あんまりな言い方に開いた口がふさがらない。
――どうして、いつもこうなっちゃうんだろう。珍しく一緒に帰れるかと思ったのに、また、口論になってしまった。瑛くんを怒らせてしまった。怒らせたい訳じゃ、ないのに。

何だか、すごく悲しい。

「な、なによぅ……」

本当は、今日は聞きたいことがあったのに、もう聞けるような雰囲気じゃない。いつもこうだ。いつも、わたしは瑛くんの機嫌を損ねて怒らせてしまうし、瑛くんはわたしを怒ってばかり。
さっき、女の子たちに向けられていた瑛くんの王子様スマイルが頭をよぎる。瑛くんはいつも、わたし以外の女の子たちの前では優しい笑顔だ。何だか、そのことが無性に辛くなった。そんなの、今まで思ったこともなかったのに。

「少しくらい……」
「? 何だよ?」

わたしに背を向けて先に歩いていた瑛くんが振り返る。わたしの顔を見て、ぎょっと目を見張る。わたしがまるで駄々っ子みたいに両目に涙をためていたからだ。

「ちょ、おまえ、何、泣いて……」
「少しくらい……」
「何? 何だって?」

息を吸って、一息に言う。

「少しくらい、優しくしてくれたっていいじゃない!」

言ってしまった。
言ってしまった後になって、途端、後悔した。それ以上にバツが悪くなって、大慌てで付け加えた。

「瑛くんの、バカっ!」

捨て台詞を叫んで、あとは一目散に後ろも振り向かずに駆けだした。
これじゃ、子どものケンカだ。バカと言われて、思いっきりバカと言い返すなんて。

怒った瑛くんにチョップされるかと思った。
けど、瑛くんは追いかけてこなかった。


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