かわいいね


あかりと動物園に来たのはもう何度目だろう。

例によってキリンと睨めっこを始め、ペンギンのコーナーの前からなかなか離れようとしないあかりのリスみたいな毛並みを横目に眺めながら、高校入学以来、こうして一緒に動物園に来た回数を指折り数えてみる。犬猫と触れあうことが出来るのが売りの“わんにゃんランド”も含めたら、もう結構な回数になると思う。

そうやって何度も一緒に動物園に来た率直で素朴な感想。

「こうして見渡すと、特に珍しい動物って、少ないな」

改めて園内を見回してみる。キリンにゾウ、ライオン、ペンギン、猿、エトセトラ、エトセトラ。動物園と言えば思い浮かぶオーソドックスな動物を揃えましたといった感じで、目を引くような珍しい動物って、そういえば余り見当たらない。
キリンもライオンも良いけどさ、せっかくなら、もう少し珍しい動物だって見てみたい。そりゃあ、怪獣なんて無茶は言わないけどさ。

すると、ペンギンの行進を一心に見つめていたあかりが振り向いて言う。

「わたしじゃダメなの?」

――いきなり何を言い出すんだ、おまえは。

ただの世間話のつもりだったのに、訳の分からない変化球が返ってきた。……まあ、こいつと一緒にいると割とこういうことが起こる。けど、いくらなんでもこれは変化球過ぎた。例の黒目がちな目で見上げてくるあかりは、いつかの誕生日にプレゼントしたカピバラのぬいぐるみにやっぱり似ている。“わたしじゃダメなの”って、そんな、おまえ、そんなの……。

「いいよ……俺、おまえで……」

後になって思い返すに、一番訳が分からないのは俺だ。――何言ってんだ、俺。
あかりも相当訳が分からないけど、自分の答えも訳が分からない。流されたとしても言い過ぎた。
次は絶対同じような手には乗らないからな。そんな風に強く思うのは、また動物園に誘われたからだ。自称“珍しい動物”なあかりはこの場所が結構好きなのかもしれない。同族意識でも持っているのだろうか。

そうして、前回痛い目を見たはずなのに、誘われて、待ち合わせ場所で例の小動物を待っている俺も訳が分からない。

「ごめんね、瑛くん!」

遅刻って訳じゃないけど、遅れてやってきた小動物は謝りながら胸の前で手と手を合わせて小首を傾げる。多分、無自覚なんだと思う。頬の周りで滑らかな茶色い毛並みが揺れて、上目遣いの黒目がちな目が前髪越しに覗く。……多分、全部無自覚なんだろうな。天然者はこれだから、困る。

「……ほら、行くぞ」
「うん!」

勝手に赤くなる頬を隠して、何度目か分からない動物園へ行くために連れだってバスに乗り込んだ。





前回、ペンギンコーナーの前で人を訳の分からない質問攻めに巻き込んだ珍獣は、今日は迷わず「わんにゃんランド、行こうよ!」と誘ってきた。別に異論も然したる希望もなかったから頷いておいた。
あかりは例によってメロメロになっている。犬と猫に。

「かわいいねぇ」

ころころした毛玉みたいなゴールデンレトリバーの子どもを撫でながら、あかりは目を細めて微笑んだ。別に異論も反論もなかったから、頷いておいた。

「ま、可愛いことは、可愛い」
「あ、あくびしてる。ふふっ眠いのかな」
「そうかもな」

言いながら俺もあくびをかみ殺した。日差しが暖かくて、芝生に寝転んだら気持ちがよさそうだ。この場所で昼寝をする気にはならなかったけど……。

「……寝ちゃったね。可哀想だから寝かせてあげよう」

そろそろと眠った子犬を下ろしてやったあかりの足もとにまた別の子犬がじゃれついてくる。またその子犬も抱き上げて、あかりは目を細めている。

「可愛いねぇ」
「可愛いことは、可愛いけどさ……」
「けど?」

言い淀んだら、あかりは不思議そうに首を傾げてみせた。小動物っぽい黒目がちな目が見上げてくる。

「……別に」
「?」

子犬を抱きかかえて撫でながら、あかりはやっぱり不思議そうにしてる。そんな目をしたって無駄だ。絶対に言うものか。前回うっかりと恥かしい発言をしてしまった記憶が脳裏でぶり返す。ああ、そうだ、絶対に言うものか。

抱きかかえた子犬の顔を見てあかりが声を上げる。

「あっ! 瑛くん、今この子、笑ったよ!」
「……犬が笑う訳あるか」
「そんなことないよ。ほら、見て」

そう言って子犬の顔がよく見えるようにあかりは隣りに並んだ。上着越しに肩が微かに触れる。小さい手の、細い指先で子犬の顔をくすぐってやっている。子犬は気持ちよさそうに目を細めている。あかりの白い指にじゃれつく子犬……。

「……あ、ほら、瑛くん」

俺を見上げてあかりは無邪気な顔で笑いかけてくる。

「ね? 今、笑ったでしょ?」

よく晴れた日特有の白っぽい明るい日差しがあかりの顔に注いでいた。陽の光があかりの瞳と髪を明るい色に染めて輝かせている。あかりが目を細めて言う。子犬を撫でながら。

「かわいいね」

ほとんど深く考えないで、条件反射で答えていた。

「ああ、うん……」

本当に、何となく。
腕を伸ばして、頭に手をのせて、細くて柔らかそうなあかりの茶色い繊毛を撫でていた。

「かわいい、な」

頭を撫でられながら、あかりは“?”顔で、きょとんとしている。どうして自分が撫でられているのか、きっと分かっていないんだ、このカピバラは。

抱えた子犬を目で示してみせて、訊いてくる。

「この子、撫でないの?」
「…………や、俺はこっちでいい」
「?」

そうして、やっぱり“?”顔で見上げてくるんだ。これだから、天然者は困る。
……別に言ったって構わないのかもしれないけど――だって相手は天然カピバラなんだし、言ったって、きっと気づかない――でも、今日は言わないって決めたんだ。前回の失言が照れくさかったのもあるけど、今はこのままが良い。口には出さないで、妙に鋭い癖して肝心なところがボンヤリな珍獣の頭を、ただ撫でていたい。だって、ほら、やっぱりまだ、気恥かしい。面と向かって言うには、まだ。




かわいいね




2012.02.21
(きみが)かわいいね
*リクエストして下さったぽんさんへ捧げます。
*リクエスト内容は【動物園デートの二人】でした。
*完成まで大っ変時間がかかってしまいごめんなさい……。遅くなってしまいましたが、素敵なリクエストありがとうございました……!

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