あなたとわたしがゲキテキな変化を遂げる 冬 #10


温かい布団、おいしそうな朝ごはんの匂い、コーヒーの香り、カーテン越しに窓から差し込む、朝の柔らかい光。それから、“もう起きなさい”という風にわたしの体を軽く揺さぶるお母さんの優しい手…………ああ、いつもの朝だ。――やっぱり夢かあ、と安心した。それはそうだよね、どうしてあんなに訳の分からない夢、見ちゃったんだろう。あんなこと、起こる訳ないよ。自分の家が分からなくなるなんて。本当に、ヘンな夢だったなあ……。

けれど夢だと分かって、不思議と胸が痛いのはどうしてだろう? 懐かしい彼の笑顔が瞼に浮かぶ。ああ、そうだ。いつも怒ったような顔をしてたけど、本当に束の間、以前みたいな顔で笑ってくれた。懐かしい笑顔だった。うん、夢でも何でも、また会えた。それは、嬉しかった、な……。

肩を揺さぶるお母さんの手に力が込められる。わたしはまだ温かいお布団と夢の内容に未練がましくしがみついてしまう。

「う〜〜〜ん、まだ眠いよ、おかあさん…………」
「誰がお母さんだ」

――あれ? 

お母さん、随分声が低いような……。そういえば、肩に当てられた手のひらも随分大きいような……女の人の手、というよりも、これは……。

そろそろ、と目を開けてみる。

「この状況で朝寝坊するなんて、随分いい度胸してるな?」

大きなお目目、大きなお口、そこにいるのはオオカミさん…………じゃなくて、わたしの肩に当てられた手はよく日に灼けて小麦色、反対に髪の毛は色素が薄くて、明るい色。整ったお顔を不機嫌に歪め、わたしを見下ろす、同い年くらいの男の子……。

――さ、佐伯くんだ……!

わたしは、がばり、と起きあがった。よく見ると、わたしが寝ているのは、ベッドじゃなくて、ソファの上。業務用っぽいロッカーが並ぶ小さな部屋。日に灼けたカーテンが朝の光を透かしている。わたしの部屋じゃない。ここは、珊瑚礁だ。珊瑚礁の二階、物置とアルバイトの休憩室も兼ねた、小さな一室。だんだんと夕べのことを思いだしてきた。そうだ、わたし、一晩だけ泊めてって、佐伯くんに言って、それで……。

――夢じゃ、なかったんだ……。

佐伯くんは呆れたような顔でわたしを見下ろしている。もみくちゃの布団に巻き込まれているわたしとは違って、もうすっかり朝の支度が出来ているみたい。

「さ、佐伯くん……」
「ようやく起きたか」
「女の子の寝込みを襲うなんて、感心しないよ?」

おそるおそる、上目づかいで見上げると、佐伯くんはにっこりと、それはそれはもう、綺麗に笑った。――あっ。すっごく怒らせちゃったみたい。

「……フライパンでチョップされるのと、今すぐ起きて顔洗って食卓につくのと、どっちがいい?」
「顔、洗ってきまーす!」

すぐに布団から飛びだしたわたしを見て、佐伯くんは「よろしい」と頷いた。





二階の洗面所に入って扉を閉めた。夕べのことを思い出す。夕べ、佐伯くんに頼み込んで、ここに泊めてもらった。起きぬけの混乱した頭のままで、咄嗟に訴えていた。

「その……家の鍵、失くしちゃって」
「はあ?」
「帰っても、家には入れないと思うから……」
「家の人、誰もいないのかよ?」

佐伯くんの台詞に動揺した。佐伯くんが意図した意味とは別の意味で。“空き家物件”という看板が頭をよぎる。何がどうなってるのか、分からない。荒唐無稽な可能性は頭をよぎるけど、そんな可能性は信じたくない。

「……うん」

佐伯くんの先の台詞に対して頷いた。

「ちょっと、みんな遠くに行ってるみたい」
「……まあ、GW真っ最中だしな」

佐伯くんはため息をつくように言った。そうか、今はGWなんだ、と佐伯くんの台詞で思い知らされる。それだっておかしいことなのに。

「待てよ、今夜泊めたって、もしかしてGW中ずっと家の人が戻って来ない、とか言いださないだろうな?」
「今晩一晩だけだよ! 明日になったら、ちゃんと業者さんに電話して鍵も開けてもらうし……お願い! 一晩だけ! お願いします!」

もう一度頭を下げた。佐伯くんは押し黙っている。「なあ」とつむじの辺りに声が降ってくる。

「随分、図々しい話だって、自分でも思わないか?」
「う、うん……」
「初対面の相手なのに、泊めろとか。しかも、おまえと来たら、悪いけど、得体が知れないし……」
「うん……」
「他に頼れる人間、いないのかよ? 女の友達とか」

女の子の友達と言って頭に浮かべる。何人かの親友の顔が浮かぶ。でも……。

「電話、失くしちゃって……」
「おまえなあ……」

佐伯くんががくり、と肩を落とす。

「しかも、無一文だし……」
「………………」

本当に身一つ、という感じでこの場所にいる。家がある場所は“空き家物件”。改めて自分が置かれている状況を確認すると、本当に心もとなかった。

「…………一晩だけ、だからな」

佐伯くんが本当に渋々、という風に言った。苦々しげな表情だった。

「あとは面倒は見ない。明日になったら、一人でどうにかするように」
「うん! ありがとう!」

それだけでも、本当に有り難かった。何だかよく分からない状況で、夜に一人放り出されるよりは、ずっと、ずっと。
お礼になんてならないと思うけど、お店の後片付けを手伝った。

「それで、疲れて寝ちゃったんだよね……」

多分、という話。後片付けと〆作業が済んでから、佐伯くんはわたしの分のお夕飯も用意してくれた。「店の残り物だから」って言ってたけど、おいしかったし、有り難かった。スープが温かくておいしかったのは覚えてるけど、それ以降の記憶が曖昧だ。

「…………」

取りあえず、言いつけられた通り、顔を洗おう。……ついでに、制服に着替えてしまおうかな。いつまでもジャージ姿なのもアレだし。そう、お古のジャージまで貸してもらったんだ。何だかんだ言って、佐伯くんはとても面倒見が良いと思う。

部屋に戻って畳んでおいた制服を広げる。下着もだけど、代えのストッキングが無いのがツライなあ……。仕方ないことだけど、生理的にツライものがある。取り留めもないことも考えながらジャージの上を脱いで下に手をかけた時だった。急に部屋のドアが開いた。

「顔洗ったら、下に来いよ。朝ごはん作ったか、ら――――」

二人とも固まった。

目を大きく開いて硬直した佐伯くんは「うわっ!」と叫ぶと、ドアを乱暴に閉めた。ドア越しに「ごめん……!」という佐伯くんの焦ったような声が聞こえる。わたしはその場にへたり込んでしまった。――ど、どうしよう。下着姿、見られちゃった……。



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2012.01.31
*(ここで切るの!?)な気も激しくしますが、続きます〜。

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