春よ来い


当たり前な話をひとつ。――冬は寒い。

「寒いねぇ」

隣りで肩をすくめて手と手をすり合わせているあかりを眺めながら、当たり前過ぎることを考えていた。実際に口に出して言う。

「冬なんだから、仕方ないだろ」
「うん、そうだね。冬だもんね」

鼻先も指先も真っ赤にして、あかりが頷く。吐く息が白い。本格的に寒そうだった。
あかりはショールと同じ色のニット帽を被っていたけど、手元は無防備、手袋はしていない。そういうところが、迂闊なんだよなあ、と思う。当人は赤く染まった指先を口元に持っていって、しきりに白い息をはきかけている。

冬の海辺の寄り道。週末に約束をして会った後は、あかりを家に送り届けるまで、毎回こうやって海辺をぶらぶらと散策した。
海は好きだけど、寒いのは苦手だ。寒いのは苦手だけど、それでも海が好きだ。……何度か天秤にかけてみたけど、傾く先はいつも一緒だ。そうではあるんだけど、実際にこうして冷え切った海風にさらされると、少しだけ後悔して、また天秤が揺れる。本当に寒いな、この季節は。

一際強い海風が吹いてきて、隣りを歩くぼんやりが寒そうに身をすくませた。きつく瞑った目を開けると、イタズラっぽい目で俺を見た。……あ、イヤな予感。こういうときの予感って大抵当たるんだから、始末に負えない。

「瑛くん、寒いよぉ、あっためて」

妙に演技がかった、甘ったるい声でそんな台詞を吐く。
そうして、小動物みたいに、腕に体をすり寄せて来た。
あかりが体を寄せていない側の腕を思わず持ち上げた。

「…………バカ」

中途半端に持ち上げた腕をそのまま下ろして軽くチョップしてやった。体を寄せたまま、こっちからはニット帽の頭頂部しか見えないから、あかりには分かるまい。いま俺がどんな表情をしていたのか。……危なかった。いまのは、ヤバかった。思わず抱きしめそうになった。幾ら寒さのせいで思考回路が停滞してても、そんなの迂闊過ぎる。チョップした腕越しにあかりが見上げてくる。

「ダメ?」

プラス、上目づかい。どこまで人を追い詰めたら気が済むのかな、この小動物は。

「ダメに決まってるだろ」

帽子を被っていなかったら、このまま髪の毛を再起不能なまでにグシャグシャにしてやれるのに。命拾いしたな、ボンヤリ。
頭にあてていた手を外す。腕を組むようにして俺の腕を掴んでいたあかりの手を注意深く掴んで、腕から外した。手が、すっかり冷え切っている。この寒さのせいで俺の手もいつもより冷えていたけど、少しだけ触れたあかりの手はもっと冷たかった。

腕を外そうとして手を掴んだら、少しだけ、さみしそうな顔をした。……ホント、迂闊だなあって思う。
冗談めかして、ふざけて、あんな台詞をはく癖して、こんなことで、結構本気で悲しそうな顔をするとか。
冗談だって、本気じゃないんだって、分かっているのに……本気にしそうになるだろ。
そういうとこ、ホント、始末に負えないよな。

「……瑛くん?」

組んだ腕は外したけど、冷え切った手をそのまま掴んで、手の中におさめた。握った手を不思議そうに見つめるボンヤリに言い聞かせるように、口を開いた。

「……寒いから、カイロ代わり」

視線を握りあわせた手に合わせたままあかりが訊いてくる。

「……わたしの手が?」
「まあ、そういうこと」
「…………ふうん。そっか」

顔を上げて、頷く様にして笑う。

「そっかぁ……」
「……何だよ、ニヤニヤすんなよ」
「してないよ」

そういいながら、ニヤニヤ笑いをやめないんだ。始末に負えない。
冷え切ったあかりの手を強く握って歩き出した。……海は好きだけど、寒いのは、苦手だ。寒いのは苦手だけど、やっぱり、海は好きだ。天秤は相変わらずゆらゆら揺れてる。どっちつかずのまま。
どっちつかずのまま、それでも結局、俺はまたこうして冬の海辺にやってくるんだろうと思う。ふらふらと、まるで引き寄せられるように。たぶん、こうやってあかりを連れて。
揺れる天秤に比べて、連れだって歩く理由なんて、もうとっくの昔に分かっている。……本人にはまだ、言えそうもないことだったけれども。あかりが隣りを歩きながら、言う。

「寒いねえ」
「冬だからな」
「冬は寒いもんねえ」
「そうだな」
「早く、春が来るといいね」
「そう…………でも、ない、かな」
「え?」
「…………いや、何でもない」
「?」

きょとんとした顔のあかりの視線から逃げるように顔を逸らした。……言える訳ない。寒ければ、こんな理由で手を繋ぐことが出来るとか、身を寄せ合う理由が出来るとか、そんな迂闊な台詞なんて、言える訳がない。
手を繋ぐうちに、少しだけ温かくなった気がするあかりの手を引いて、先を急いだ。取りあえず、今日はもうお開き。
……今日はもう遅いけど、今度、こうやって寄り道をするときは早めに切り上げて、開店前の珊瑚礁に寄ってみるのも悪くないかもしれない。それで、温かい飲み物くらいなら、出してやらなくもない。冬は冬で、寒いなりに過ごし方があるはずだ、きっと。例えば、こんな風に寄りそって手を繋ぐ、とかさ。




2012.01.06
*春よ来い(けれど、なるべくなら、ゆっくりでも構わない)

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