書き入れ時/クリスマス


隣りを歩くあかりがミトンを外して、指折り数えながら確認してくる。

「今日の買い物は……キャンドル、オーナメント……それから、あの赤い葉っぱの……」
「ポインセチアな。かさばるから、それは一番最後」
「じゃあ、雑貨屋さんだね」

そう言って、楽しげに先だって歩く。――何がそんなに楽しいんだか、と思わなくもない。きっと周りの“クリスマス”らしい空気に当てられているんだろう。でなきゃ、休みの日だと言うのにアルバイトに駆りだされて、あんな笑顔でいられる訳がない。

風の冷たい日で、あかりの鼻の頭が少し赤く染まっていた。一瞬浮かんだ赤鼻のトナカイという単語を飲み込む。

「瑛くーん、早くー」
「分かったから、走るな」

分かってる。街の空気に当てられて、はしゃいでるのは、何も赤鼻のトナカイだけじゃない。口元に浮かんでいたニヤニヤ笑いを引っ込めて、いつの間にか、随分先を歩いているあかりの後を追った。





クリスマスを翌週に控えた日曜日、あかりと連れだって街へ買い物に出た。店用のクリスマス飾りを見るというのが理由だった。戻ったら、店でクリスマス用の飾り付けをする。あかりも飾り付けを手伝ってくれると言った。

あかりの本来のバイト日は水曜と金曜。だから、今日は時間外労働もいいとこ……なのに、あかりは楽しげにクリスマスオーナメントを見て回っている。どこまでお人よしなんだ、と心配にならざるを得ない。おまえ、そんなんじゃ、悪いヤツに良いように利用されるだけだぞ。そこまで考えて、まさに自分がその悪いヤツなんじゃないか、と思い至ってドツボに嵌る。

「瑛くん、瑛くん」
「……何?」
「この飾り、綺麗だね」

ガラスの雪の結晶が寄り集まったような繊細な飾りを指さしてあかりが言う。確かに綺麗だとは思うけど……。値札を確認して頭を振る。

「コストオーバー」
「うわ、本当だ! お高いね!」
「確かに綺麗だけどさ」
「ね、素敵だよね」

あかりが見上げるようにして、にこりと笑顔を向けてくる。屈託のない笑顔。当人にしてみれば何気ない仕草でも、向けられる側にしてみたら、そうじゃない。視線を棚に並ぶ商品に戻す。

隣りで腕を伸ばして、丸めた羊毛製のサンタクロースの飾りを突いている指先が目の端をチラつく。こんなところでもタッチ癖は健在らしい。恐れ入る。

ため息。集中しよう。今日は店用のクリスマス飾りを見に来たんだ。デートとは違う。例え、周りがどんなにたくさんのカップルで溢れていようと、一緒にいると、ふと仕事だということを忘れそうになるとしても。言い聞かせるようにして、頭の中のリストを見直す。取りあえず、キャンドルが必要だ。

「ねえねえ、瑛くん」
「何だよ?」
「これ何かな?」
「どうした?」

どこから持ってきたのか、あかりが何か緑色の丸いものを手にとって首を傾げている。

「……リース、かな?」
「リースは普通ドーナツ型だろ」
「そうだよね……これは真ん丸だし……何だろう?」
「さあな」

あかりが持っているのは、もみの木の葉を丸く集めたような小ぶりの飾り。ところどころ、松ぼっくりや赤い実が飾り付けられてあって、クリスマスらしい、と言えなくもない。ご丁寧に吊るせるような紐も天辺についている。

あかりが何か言いたげな目で見上げてくる。どこか見覚えがある目つき…………イヤな予感がする。そう、縁日で駄々をこねる子どもの目だ、これは。

「瑛くん……」
「買わないからな」
「えーーーー」
「駄々こねたってダメだ」
「お父さんのケチー」
「ケチじゃないよ。そんな訳分かんないものなんか買わないからな」
「ちょっと変わったリースっぽくない?」
「ぽくない。…………何だよ。まさか気に入ったのか、それ?」
「うん、ちょっとね」

肩をすくめるようにして言う。値札を確認してみる。……そんなに値が張るものじゃない。

「……仕方ないな」
「えっ、いいの?」
「まあな。おまえの審美眼に賭けてやる」
「そこまで言われると、自信がないよ?」
「お客さんの評判が悪かったら、おまえの責任な」
「そんなあ!」

あかりの悲鳴じみた声を耳におさめながら、カゴに“ちょっと変わったリース”みたいな、訳の分からないものを入れる。つくづく甘くなったものだと自分でも思わなくもない。





「………………」

赤いエプロンが飾られている。縁に真っ白なファーがあしらわれていて、クリスマスっぽい……というか、サンタっぽい。あかりもそれを見上げるようにして、じっと見つめている。似合わなくもない気がしたから、言ってやった。

「それ、おまえっぽいかもな」

あかりが振り返って、そこで初めて後ろに俺がいたことに気づいたように何度か瞬きをした。

「本当? じゃあ、試してみようかな?」
「ああ……」

頷きを返そうとして、あかりが嬉々として指さしたものを見て、絶句した。

「クリスマスって感じがするよね」

そう言って指を向けているのは赤いエプロンの隣りに飾られていたトナカイの着ぐるみだった。そっちか、と思わざるを得ない。
あかりが不思議そうに見上げてくる。

「……瑛くん?」
「……ああそうだな、おまえにはトナカイがお似合いだよ、この小動物」
「? トナカイは小動物じゃないんじゃない?」
「ツッコミそこかよ……」

もうコイツはトナカイ係でいいや――そんな風に諦めそうになったとき、店員さんが声をかけてきた。

「そちら、とっても素敵ですよね。お客様にお似合いだと思います」

思わず、“トナカイがかよ!”と思って店員の顔を見つめたけど、笑顔で接客する店員が勧めているのは、赤いエプロンの方らしい。そうだよな、普通トナカイは無いよな……分かってる、こいつがちょっと、いや、かなり変わっているんだ。
あかりが困ったように頭を振る。

「うーん、可愛すぎないかなぁ……」
「そんなことありませんよー」
「でも……」
「じゃあ、これお願いします」
「えっ」
「ありがとうございますぅー」

店員さんが赤いエプロンを手にレジへ向かう。隣りからあかりの“いいの?”みたいな視線が頬にチクチクと刺さる。それには答えないで、レジに向かった。別に、着て欲しかったとかじゃない。似合うとは思ったけど、そんなのじゃない。これはアレだ……可愛らしいエプロン姿の女子高生が珊瑚礁に与える経済効果を考慮したアレであって、個人的な趣味とかでは絶対無い。大体、トナカイじゃあ、折角見込める集客さえ期待できなくなる。そういう理由だ。うん。





店に戻って、マスターも一緒に三人で飾り付けを始めた。一旦外に出て、店の裏に置いてあったツリー用の木を運び込む。あかりが「わあ!」と歓声を上げる。

「これ……本物のもみの木!?」
「まあな」
「すごーい! 初めて見たかも!」
「まあ、家庭用じゃ、ふつうここまでしないかもな」
「毎年、こうなの?」

あかりの台詞を受けて、「ウチはそうだね」とマスターが頷きを返す。

「すごいですね!」
「たまたま知り合いに伝手があってね。持ってきてくれるんだ」
「でも、すごいです。こんなの初めて見ました」
「それ、さっきも聞いた」
「だって本当にすごいんだもん」
「分かったら、飾るぞ」
「うん!」

不思議なもので、毎年同じことをしていたはずなのに、人が一人増えただけで新鮮な作業に思えた。まさか、もみの木一本で、こんなに喜ぶとは思わなかった。まあ、こういうの、好きそうだとは思ったけど……。
珊瑚礁では、クリスマスの前の週からツリーを飾る。商店街とか、街の店だと、10月のハロウィーンが終わると、もうクリスマスの飾り付けをしているとこが多いけど、ウチではそうしている。昔ながらの習慣で、そうなっている。季節のものは早ければ早いほど良いのだろうけど、気が早すぎるのも考え物だ、というのがじいちゃんの意見だ。「その時期に祝うから、ちょうど良いだよ」って。

「瑛くん瑛くん」
「何だよ」

あかりが妙に目を輝かせて言う。

「やっぱり、一番上にお星さまを飾るんだよね?」
「? 飾るだろ。ツリーなんだから」
「お願い!」
「な、何だよ!?」

あかりが急に手と手を合わせてきた。お願いをするポーズ。

「お星様、飾らせて!」

何事かと思ったら、そんなことだった。

「……子どもかよ」
「だって、こんな大きなツリーの飾り付けなんて初めてなんだもん……ダメ?」
「……いいけど、高いから、気をつけろよ」
「うん、ありがとう!」

天井に近いもみの木の天辺に手を伸ばすには、あかりの身長じゃあ椅子に上がるだけじゃ足りなかったから、脚立を使うことにした。

「気をつけろよ」
「大丈夫! こう見えて、運動神経は中々なんだよ」
「ホントかよ……」

足元で脚立を支えながら、ため息をついた。「本当だよ〜」と、のほほんとした声が頭上から降ってくる。全く説得力が無い。ゆらゆら揺れそうになる脚立を支えながら、まだ飾り気のないもみの木を眺めていたら、昼間のことを思い出した。

「あのさ……」
「ん、何ー?」
「クリスマス、よかったのか?」
「よかった、って?」
「アルバイト、入れてもよかったのか?」

昼間、街を一緒に歩きながら思ったこと。街の中はすっかりクリスマスムードで、まだ当日でも無いのに、街を歩くカップルたちのムードが甘ったるく見えた。あかりはクリスマスに他の予定は無かったのかな。店に出てもらえるのは有り難いけど、無理を言って手伝わせているんじゃないか。今日だって、アルバイトがある日じゃないのに、ほとんど丸一日、店のことに付き合わせている。

「うん、いいよ〜」

さっきと寸分違わない、のほほん、とした声が降ってきた。
見上げたら、脚立の上で肩越しに振り返りながら、あかりがこっちを見下ろしていた。声の印象どおり、のほほん、とした笑顔を浮かべて。

「だって、クリスマスは書き入れ時なんでしょ? 珊瑚礁が大変な時は手伝うよ。わたしだって、これでもアルバイトの一員ですし」

そう言って、軽く胸を叩くような仕草をしてみせた。あかりの屈託のない笑顔と反応に安堵しながら、内心、少しだけ複雑だった。

本当は、クリスマスに二人きりで過ごしたかった。

これも昼間、一緒に街を歩きながら思ったことだった。商店街前の大きなツリーの下を連れだって通り過ぎる何組ものカップルの姿を見て、思ったこと。
……例えばもし、店のことが無ければ、俺たちもあのカップルたちみたいに、普通の年頃のカップルっぽくクリスマスを過ごせたのかな、って。
ずっと店のことが一番大事だったのに、何を考えてるんだと思う。クリスマスは店もすごく忙しいのに、こんなことを考えるなんて、ホントどうかしてる。

「……どうかした?」

頭の上から気遣わしげな声が降ってきた。
咄嗟に頭を振る。

「いや、何でも……」

そこで初めて気がついた。今日のあかりの服装に。今日のあかりは……スカートだ。こともあろうに。

幸か不幸か、ミニスカートじゃない……から、まだこの位置なら大丈夫だった。……何が大丈夫かは察してほしい。それでも、これから上に登ってツリーの天辺に星を飾る頃には十分ヤバいことになりそうだった。何がヤバいって、頼むから察してほしい。誰に? 他でもない、ボンヤリ本人に。

「瑛くん?」

当のボンヤリは、ことの不味さに全く気付いていないらしい。心配げながら、相変わらず、のほほん、とした声が降ってくる。

「……何でもないから、早く星を飾れ!」
「う、うん?」

早いところ、星を飾って下りてきてほしい。視線を下方向に固定して、脚立を支える腕に力を込めた。上を見て確認することは出来ないから、兎に角、バランスを崩さないように支えてやるしか出来ない。早いとこ、下りてこいと切に願うばかりだ。
上を見ないようにして、上にいる天然無自覚ボンヤリに声をかける。

「どうだ?」
「うん……あと、もう少し……」

脚立の天辺で伸びでもしているのか、両手で支えた脚立が揺れる。早く飾って下りてこい、と思う。

「よっ…………と」

また脚立が揺れた。上から歓声が降ってくる。

「飾れた! 瑛くん、飾れたよ! 見た?」
「……や、見てない」
「どうして? せっかくの飾った瞬間だよ? 世紀の瞬間を見逃すなんて」
「何が世紀の瞬間だ。いいから、早く下りてこい」
「もう、つれないなあ……」

不満げな声が上から降ってくる。人の気も知らないで好き勝手言いやがって……。決めた、下りてきたらチョップ決定だ。
そのとき脚立が大きく揺れた。

「わわっ……?」
「っ! あかり!?」

上を見たら、脚立の上でバランスを崩したあかりの姿が見えた。咄嗟に手を差し出した。支えきれなくて体で受け止める羽目になった。

「痛ぅ……」

上に乗った恰好のままあかりが慌てたように声をかけてきた。

「大丈夫!? 怪我、してない?」
「や、大丈夫……」

しゅん、とした顔であかりが謝ってきた。

「ごめんね、瑛くん……」
「いや、俺も、ごめん」
「?」

きょとんとした顔のあかりに弁解するように言った。

「ちょっと、雑念で頭いっぱいだったから……さっき」
「雑念?」

あかりの鸚鵡返しの台詞を聞いて、我に返った。……何、墓穴掘ってんだ、俺! 確かに、雑念で頭いっぱいだったのは本当だけど。それを本人の前で暴露してどうするんだ。

「……と、取りあえず、さ。平気なら、ちょっと、どいて……」

不可抗力とはいえ、いまの体勢ときたら、あかりが俺に馬乗りする形だった。いつまでもこの体勢のまま、というのはキツイ。それはもう、いろいろと。
あかりが慌てて上から退けながら謝った。

「あっ、ごめん! 重かったよね……!」
「いや、重くは無いんだけど、その……体勢的に辛いものが……」
「?」

あかりはきょとん、とした顔で首を傾げている。……うん、気づいてないなら、いいんだ。上に乗っていたあかりの感触を思い出して、また赤面しそうになった。……言わない。というか、言えない。

「本当に、どこも痛くしてない?」

あかりが眉を下げて聞く。

「ああうん、平気。おまえは?」
「わたしは大丈夫」

スカートの裾を整えながらあかりは言う。その仕草にさっきまでの雑念がぶり返しそうになって、思わず視線を逸らした。「さっきの話だけど」と、あかりの声が耳を打つ。

「本当に良いんだよ。クリスマスのバイト」

気を遣ってくれたんだよね、とあかりは笑顔を向けてくる。ぽつりぽつりと言葉を続ける。

「わたしね、まだまだ半人前だろうけど、珊瑚礁が大変な時は手伝いたいんだ。だから、折角のクリスマスだけど、アルバイトをするのは苦じゃないよ。むしろ、手伝えて嬉しい。今日の飾りつけも、ワクワクしてたんだよ。こんなに大きなツリーなんて、家じゃ絶対見れないし、飾れないし」

随分といじらし過ぎる言葉だった。嬉しいのに、口をついて出るのは「いい心がけだな」なんて、憎まれ口だった。「まあね」とあかりが軽く胸を張る。

「こう見えて、珊瑚礁の従業員ですから」
「バイトの、な」
「瑛くんも同じでしょ。肩書き上は」
「ばぁか、俺とおまえじゃレベルが違う」
「う……悔しいけど、本当だよね」

言おうかどうか、迷ったけど、肩を落としているあかりに言ってやる。

「……まあでも、見違えたよな」
「え?」
「ミスも減ったし、飾り付けも、結構うまいし」
「……」
「よくやってるよ、おまえは」
「……そう、かな?」

あかりはどこかくすぐったそうに笑っている。仕切り直すように言った。

「クリスマス、な」
「うん?」
「頑張ったら、クリスマスケーキがないことも、ない」
「ほんと?」
「まあな。仕事が終わったらな?」
「やったぁ! 頑張るね!」
「おお。せいぜい勤労に励め」
「うん!」

元気よく返事をすると、あかりは本当にうきうきした様子で飾り付けに戻った。クリスマスにアルバイトが入ってるというのに、あかりはケーキひとつでこんなに喜んでいる。昼間から胸の中にくすぶっていた、もやもやしたものが溶けて消えていくような気がした。巷のカップルたちみたいに、クリスマスを二人きりで過ごせなくても構わない気がした。今は何より、あかりの気持ちが嬉しかった。自分の大切な物を、同じように大切にしてくれていることが、とても嬉しかった。

浮かれたニヤニヤ顔でツリーに飾り付けをするあかりの顔を横目に、1つ、思いついたことを今年は実行してみようかと思った。折角なら、店に出すクリスマスケーキとは別のケーキを出してやりたい。コストの面で断念するしかなかったブッシュ・ド・ノエル。あかりだけの、特別なケーキを。頭の中でレシピを組み立てながら、俺も飾り付けに戻った。




2012.12.23
*メリクリです。
*(PS版ですが)ゲーム中、クリスマス一週間前にクリスマス仕様になる珊瑚礁が好きです……(*´`*)

おまけのやりとり。

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