きみは、あまい


※親友佐伯くん
※DS版新規イベントネタバレ注意です






――男の子は何で出来てるの?



昔々、聞いた憶えのある童謡を思い出す。耳の奥に残って、頭の中で低く響く。――男の子は何で出来てるの? 今は、昔と違って、その歌詞が違った響きを持って聞こえる。男の子は、何で出来てるの? 子どもの頃とは違う、切実な響きを持って聞こえてくる。何故って、それはわたし自身の問いだから。

――男の子は何で出来ているんだろう。

目の前で、わたしの手を取る男の子。いつも頭を占めるあの人。記憶もおぼろげな、顔さえはっきりと思い出せない、あの子。
男の子たちはみんな、一体何で出来ているんだろう。何を考えているんだろう。何を考えて、どうして、こんなことが出来るんだろう。

――辛いならさ、と佐伯くんは言った。もう、やめちゃえよ、って。わたしより、よほど辛そうな顔をして、そう言った。手を取られながら、頭が混乱した。
どうして、佐伯くんが辛そうなの?
それは、友達だから?
友達が辛そうな顔をしてるのが、見てられなくて、手を差し出しただけなの?
……だけ、ってどういうことだろう。それ以外に何があるというの。

お皿を割ってしまった。まだ仕事の途中なのに、上の空になって、心配させた挙げ句、割ってしまった。

怒られると思ったのに、佐伯くんはわたしを叱らなかった。それどころか、片づけまで変わってくれようとした。見てられない、そう、佐伯くんは言った。見てられないほど、酷い顔をしていたのだろうか。彼に心配されてしまうほど。

佐伯くんが本当は優しい、ということは知っていた。けれど、こんな風な優しさを見せる人ではなかったと思う。彼の優しさは、少し分かりにくい、捻くれたものだったはずなのに。例えば、文句たらたら、それでも結局は頼みごとを聞いてくれる、面倒見の良さ、だとか。他の人には決して見せない、ぶっきらぼうな態度で、それでも、彼は優しかった。その距離の近さが、好きだった。居心地が良かった。彼も、そうだったらいいと思っていた。なのに、わたしは自分から関係を断ってしまった。

彼の手は、見た目はわたしのものとは全然違うのに――大きくて、骨っぽい、男の人の手だ――、温かくて柔らかい、人肌のぬくもりがした。彼の優しさと、手の温かさが、今は胸に痛くて堪らない。

――佐伯くん。

名前を呼びそうになって、けれど、声には出さなかった。いま名前を呼んだら、顔を見たら、縋りついてしまいそうで、顔さえ見られなかった。

辛そうな顔をしていた。相談に乗ってもらうたびに、このところ彼が浮かべていた顔。そんな顔をさせたい訳じゃなかったのに。……わたしが、そんなことを言う資格はなかったけれど。

前みたいな距離感でいて欲しかった。しょげかえっていたら、笑って発破をかけて欲しい。まるで男の子の友達にするみたいに、あっけらかんと、わたしのバカな泣きごとに、おまえはバカだな、って、はっきりと言って笑って欲しかった。

そんな勝手なことばかり考えている自分が、彼の優しさに見合う人間だとは、思えない。
優しくしてくれなくて、いいのに。
それなのに、わたしを見る彼の目は優しくて……辛そうだった。彼の、そんな顔を見るのが、今は辛くて仕方がない。



――男の子は何で出来てるの?
――カエルにカタツムリ、それに小犬の尻尾。
――そんなこんなで出来てるさ。



自ら関係を断ってしまったというのに、後悔している。
わたしだけに見せてくれていた、あの素顔を彼が隠してしまうことが、とても辛い。
失くしてしまってから、大切さに気付くなんて、本当にどうしようもないことだった。そうやって、わたしは後ろを振り返ることをやめられないでいる。目の前にいる彼を見つめることも出来ずに。








――女の子は何で出来てるの?



辛そうな顔をして、それでもいつも通りに振舞おうとしている姿が見てられなくて、手を取った。割れた皿の破片で怪我をしていないか、確かめるように。そんなのほとんど建前で、本当は、ふれずにいられなかったからだ。心配だった、というのは確かに事実ではあったけど。

何があったのかは、知らない。具体的なことはほとんど知らない。時折受ける相談は酷く大雑把で、具体的じゃない、漠然とした内容のもの――「恋してる?」だとか、「男の人の好みって何だろう?」とか、ふわふわした話ばかりで、俺は、こいつとこいつの本命の相手が、どこまで進展しているのか、ほとんど何も知らないでいた。知ったところで、それに耐えられるのか、自信は無かったけれども。

そうやって週末に会った帰りや下校途中に受ける相談事は、どこか切実さを欠いた気楽な内容が大半を占めていた。
それが、今週は違った。あかりの様子が違った。はじめて、「辛い」という台詞を聞いた。俺の前で、そんな弱音を吐くヤツじゃなかったのに。それも冗談めかした言い方じゃなく、本当に、辛そうに。

何があったのか、それとも何がなかったのか、あかりは言わなかった。言わないけど、堪えているのは分かった。今日のアルバイト中も、いつも通りに振舞おうとして、笑顔を作るのに失敗していた。
それでも、接客中は目立ったミスは無かった。帰る間際になって、ついに皿を割った。濃茶色の床に白い破片が散らばっていた。破片を素手で掴もうとした手を掴んで止めた。顔を見たら、ほとんど泣きそうになっていた。――違う。こんな顔をさせたかった訳じゃない。掴んだ手に力がこもりそうになるのを、意識して和らげた。一度掴んだ手を離すのを受け入れたのは俺自身だったのに。手を引くことを選んだのは、俺なのに。今はこんなに、後悔している。

「辛いならさ……」

――もう、やめちゃえよ。

そうして、口をついて出た台詞は酷く情けないものだった。これじゃあ励ますつもりが、まるで、縋りついてるみたいだ。

けれど、本音だった。始末に負えないことに、それが本音だった。辛いなら、もう。やめちゃえよ。おまえにこんな顔させるヤツのことなんて。おまえが今、こんな顔してるのに、気づきもしないヤツのことなんて、もう。

――俺だったら、こんな顔、させないのに。

恋愛ごとのゴタゴタとは無縁で、フリルやレースたっぷりの、そういう、清楚な服がよく似合う――そんな見た目の印象とは違って、いつもあっけらかんと、屈託なく笑ってた。そんな気楽な様子が居心地が良くて、ただ隣りにいられたら、それで良かったんだ。それさえ叶わなくなってから、ようやく大切さに気付くなんて。

甘ったるい砂糖菓子だとか、何か可愛らしいもの、夢見がちなもの。そういった、どこかふわふわとしたものがよく似合っていた、そういう笑顔を、もう、見られないのかな。少し前までは、日常風景みたいだったのに、そういう笑顔をもう随分長いあいだ、見ていない気がする。代わりに浮かべているのは、疲れ切って泣きそうなのに、泣けないでいる中途半端な泣き顔だ。

……本当は、泣き虫だった癖に。

分かってる、これは子どもの頃は、という話。今はもう、あの頃と違う。大体、あかりはあの頃のことなんて、憶えていないのに。

泣きたいなら、泣いてくれればいいのに。傍にいて、支えてやることぐらいしか、今は出来ないのに、こんな風に、俺の前でまで、泣くのを堪えなくたって、いいのに。

――俺だったら、こんな顔させない?

よくも言う。関係が変わる前まで、あかりに頼ってばかりいたのは、俺なのに。

物問いたげに見つめる目に、名前を呼ばれただ気がして、目を逸らした。掴んだ手を離す機会を失ったまま。



――女の子は何で出来ている? 
――お砂糖にスパイス、そして、何か素敵なもの。
――そういうもので出来ている。



ただ笑っていてほしかった。辛いことなんて露知らず、笑っていて欲しかった。
辛そうな顔なんて見たくなかった。
それだけだったんだ。






2011.12.16-20
*男の子と女の子。

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