ミルクと蜂蜜


※新婚さん瑛主
※直接的な表現はありませんが状況的にはRかもしれません…。
※以上、踏まえた上での閲覧でお願いします





閉じた瞼越しにも、朝の光を眩しいと感じた。何度か瞬きを繰り返しながら目を開けた。伏せた睫毛の先が視界をゆらゆらと上下する。ぼやけた視界の先に、見慣れた顔があった。

「…………てる、くん」

起きぬけのせいか声がかすれていて、その上、舌たらずで、どこか甘えた調子の声になってしまった。
ベッドの縁に肘をついて、わたしの顔を覗き込むようにしていた瑛くんが、肘を下ろしてわたしから少し距離を取りながら、言った。

「朝ごはん、作ったから、下りてこいよ」
「…………もう、そんな時間?」
「いや、いつもより少し早い」
「そうなんだ……」
「まだ、眠い?」
「ううん……」

横たわったまま頭を振った。眠くはないけど、ひどく体がだるかった。

「いま、起きるね」

そう言って笑いかけると、瑛くんも釣られたように少し笑ってくれた。手を伸ばして、髪を撫でられた。前髪をかき上げられて、むき出しになったおでこに軽くキスされた。顔を上げた瑛くんはどこか照れくさそうに視線を逸らしながら言った。

「……じゃあ、下で待ってるから」
「うん」

部屋を後にする瑛くんの広い背中と閉まるドアを見届ける。とんとんとん、と階段を下りていく足音を聞きながら、起きあがった。薄く開いたブラインドから朝の明るすぎる光が注いでいた。伸びをすると背中の骨が、ぽきり、と軽い音を立てた。そのときになってはじめて、自分がほとんど裸なことに気づいた。朝の光の下で、自分の肌がやけに白く感じられる。慌てて服をかき集めて身につけた。





顔を洗って簡単に身支度をして一階に下りた。階段の途中から、コーヒーの良い香りと、何か甘い、おいしそうなものの匂いが漂っていた。

下りてきたわたしの姿を認めて、瑛くんが「おはよう」と言った。……瑛くん、何時に起きたのかな。朝ごはんの支度もだけど、まだ早い時間なのに瑛くんはもう身支度を済ませていた。普段着の適当なジャージに大きめの白シャツで下りてきてしまった自分の格好を少し後悔した。でも、あんまり支度に時間をかけたら、待たせちゃうし……。

瑛くんの隣りに立って、「おはよう」と言う。それから、「ごめんね」とも。瑛くんが怪訝そうに眉を上げる。

「何で、謝るんだよ」
「早く起きて、朝ごはん作ってくれたみたいだから。一人で用意させちゃって、ごめんね」
「別に……。今朝はたまたま早く起きたから」

もごもごと言い訳するみたいに言って、瑛くんはわたしに席につくように急かした。

「ほら、座れよ」
「何か手伝うよ」
「もうほとんど出来てるから、いいよ。座ってて」

テーブルを見ると、瑛くんの言葉通りだった。すごいなあ。ホテルの朝食みたい。グリーンサラダにオムレツ、それから……。

「どうぞ」
「? わあ……!」

ことり、と目の前にお皿を置かれた。お皿の上にはトースト……だけど、普通のトーストじゃない。

「蜂蜜トーストだぁ」

厚切りのバタートーストの上には真っ白なバニラアイスクリームがのっている。バニラアイスとトーストの上には金色の蜂蜜がかかっていて、アーモンドスライスまで散らされていた。

「……あんまり朝食向けじゃないかもしれないけど」

瑛くんが苦笑いしながら蜂蜜トーストを示す。

「前に食べたがってただろ、そういうの」
「覚えてくれてたんだ……」
「まあな」

もう随分前の話なのに。一緒に喫茶店に入ったときのことだった。他のお客さんが注文した蜂蜜トーストの現物を見て、同じものを注文してみたいと思ったけど、結局やめてしまった。幾らなんでも、おやつに食パン一斤半を食べる勇気は無かった。真剣に悩むわたしを見て、瑛くんは呆れたように笑っていたのに。ちゃんと覚えててくれたんだ。

「これならカロリーオーバーじゃないだろ」
「うん……!」

思わず笑顔になって頷いたら、瑛くんが何か微笑ましいものでも見るように目を細めた。急に恥かしくなる。蜂蜜トーストはうれしいけど、とてもうれしいけど、こんな風に喜んだりして、子どもっぽかったかもしれない。

「コーヒーでいいか?」
「あ……うん!」

瑛くんは銀色のポットからコーヒーを注いで、カップを斜め前に置いてくれた。手慣れた上、洗練された動作。さすがだなあ、と思ってしまう。じーっと見つめていたら、「何だよ」と言われてしまった。

「瑛くん、プロみたい……」
「プロなんだよ。知ってるだろ」
「うん、そうだね」
「バカなこと言ってないで、早く食べちゃえよ」
「うん、いただきます」

蜂蜜トーストにフォークを刺し入れる。最初から切り込みを入れてくれているから、食べやすい。溶けかけたバニラアイスをのせながら口に運んだ。

「……どう?」
「おいしいよ、すっごく」

本当においしい。こんなにおいしいなら、食パン一斤分でもぺろりと食べられるかもしれない。……カロリーが怖いから、その危険な考えは頭から追い出すことにしよう。

「そっか」

瑛くんが少し微笑んで相槌を打った。正面で向かい合って、じっと見つめられて、何だか恥かしい。頬が熱を持つような気がして、目の前の蜂蜜トーストに集中した。早く食べないと、アイスが全部溶けちゃいそう。

バターを塗ってこんがり焼いたトーストに、甘いバニラアイス、その上に甘い甘い蜂蜜がたっぷりかかっている。すごく甘い朝食だ。それなのに、とてもおいしい。

トーストはあらかじめ四等分に切り分けられていて、でも、一口分には大きいから、注意しながら口に運ぶ。あまりお皿を汚したくないくて、たっぷりかかった蜂蜜やバニラアイスがこぼれ落ちてしまわないように、気をつけながらフォークを使って食べた。

コーヒーを飲んでいた瑛くんが、ふっと笑った。何だろう、と顔を上げる。そういえば、瑛くんのトーストは普通のバタートーストだ。蜂蜜トーストじゃない。

瑛くんが自分の口の端を、とんとん、と突きながら言った。

「パン屑、ついてる」
「えっ、うそ!」

慌てて口の端を指で払う。「違う、逆」と瑛くんが言う。

「鏡じゃないんだからさ」

そう言って、手を伸ばして、口元のパン屑を取ってくれた。瑛くんの指先が唇の端をかすめる。視線が、真正面からかち合っていた。少しだけふれた指先が熱い。瑛くんの目が熱を持つ。親指の腹で唇の上をなぞられた。優しく、表面をふれるか、ふれないか、微かに。次第に、強く。「瑛く、」名前を呼ぼうとした。けれど、身を乗り出した瑛くんの唇にふさがれて皆まで言えなかった。首元を支える瑛くんの力強い手と、柔らかい唇の感触に目が眩みそうだった。視界の端で、フォークに刺したトーストから、蜂蜜とバニラが、とろり、と真っ白なお皿へこぼれて落ちた。

長いキスの合間に息をつく。一向に解放してくれそうな気配が無い瑛くんを手のひらで押し戻しながら、注意した。

「瑛くん…………朝ごはん、食べよう」
「そんなの、後でで良い」
「でも、アイスクリーム、溶けちゃうよ」

わたしの言葉に瑛くんは、ちらりと視線を斜め下のお皿に向けた。――あ、やめてくれる、かな?

「後で同じの作ってやるから」

そう言って、またキスを再開されそうになる。わたしは断固抗議する。

「そんなの、もったいないよ……!」

瑛くんはこれみよがしにため息をついてみせた。

「俺は今、おまえがほしいの」

わたしの目を見て、分かりやすく言い含めるみたいに、はっきりと言った。

「……食べていい?」

訊きながら、瑛くんは恥かしそうに目を伏せた。それでも、わたしからは目を逸らさないで、わたしの返答を待っている。頬に当てたままの手を少し動かして、優しく髪を撫でられる。

…………瑛くんは、ずるいと思う。

瑛くんはわたしに対して、甘い。憎まれ口は言うけど、結局、甘い。優しい。
わたしが本当にイヤがるようなことは、決してしない。今だって、「いい?」って聞いてくれた。きっと、わたしが「ダメ」と言ったら、それ以上のことはしないでくれると思う。わたしは、出来れば、今朝は疲れているから遠慮したいんだけど……。

だけど……。
そんな顔で言われたら、拒否なんて出来ない。
耳元の髪を撫でる瑛くんの手に、手のひらを重ねた。

「…………いいよ」

瑛くんと同じで、わたしも大概、瑛くんに対して甘いのかもしれない。
甘いお菓子みたいな朝食の残りが心残りではあるけど……それはまた後で。
目を伏せて、今は、まるでお菓子みたいに甘ったるい、優しい愛撫に身を任せた。



2011.12.08
*新婚さん瑛主。
*いつもより少し早く起きた朝のこと。

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