好きだ!うそだ! #3


打ち上げには針谷たちのバンドと、ライブに出ていた他のバンドのメンバー、それから、どういう繋がりか分からない連中が大勢いた。針谷は顔が広いのか、色んなヤツらと話していた。忙しげで声がかけにくい。そのうち、針谷本人が会場の隅にいた俺たちを見つけて近寄ってきた。

「よお、飲んでるか?」
「宴会のあいさつかよ……」
「あっ、ハリー! オッス!」
「オッス! ライブ、どうだった?」
「最高だったよ!」
「だろ?」
「うん、ハリー、すごくかっこよかったよ!」
「おう、当たり前だ」

針谷がにやりと笑う。あかりも、屈託なく笑っている。二人のやり取りを見ていたら、何か……もやもやしてきた。ライブの直後は感じなかったのに。

ふと、針谷が視線に気づいたように俺に目を向けた。そうして何かを察したような半目になって、したり顔で笑う。

「そろそろ行くわ。不機嫌ぼっちゃんの目が怖〜くなってるからな」
「? 不機嫌ぼっちゃん?」
「針谷、おまえ何言って……」
「じゃあな、楽しめよ!」

そう言って、もう歩き出して他のグループに飛び込んでいる。あいつ、好きなだけ言って去りやがった。
隣りから、あかりの気遣わしげな視線を感じる。

「……瑛くん、怒ってる?」
「……別に、怒ってない」
「でも……」
「怒ってないよ。そう言ってるだろ」
「う、うん……」

壁際に置かれたソファに座る。少し躊躇ってから、あかりも隣りに座った。飲み物が空になったらしくて、テーブルに置いてある新しい缶を開けて飲みだした。……会話が続かなくて、気まずい雰囲気。せっかく一緒にいるのに、何でこんなことになってるんだ、と思ってしまう。

――ホント、何でこんなことになってるんだ、っていう話。

空いた缶を弄びながら、会場を眺めていた。クリスマスを直前に控えて、みんなお祭りモードで浮かれていた。なのに俺たちがいるこの場所だけ、酷くネガティブな空気に支配されていた。

こつん、と腕に何か当たった。そのまま体重がかかるのを感じた。驚いて隣りを見たら、あかりのつむじが見えた。人の肩にもたれるように、体を預けている。頭の中が「!?」でいっぱいになる。

「ちょ、あかり!?」

緩慢な動作であかりが顔を上げた。何か……目が、とろん、としてるような……。嫌な予感がする。

「……てる、くん」

いつもより舌たらずな喋り方。ますます嫌な予感がする。あかりの手元の缶を確認する。

「おまえ、まさか……!」
「……う〜ん?」

缶を確認して、顔を覆いたくなった。……アルコール。一見ジュースみたいな見た目をしていたから、間違えたらしい。中身はほとんど空だったけど、あかりから遠ざけるようにテーブルに戻した。

「あかり、大丈夫か?」

相変わらず、人の肩にもたれるようにしているあかりに話しかける。肩を掴んで、目を覗き込む。ふにゃふにゃのクラゲみたいに上半身がおぼつかない。ふらふらとして、そのまま胸にもたれ込んできた。慌てているのは俺ばかりだ。

「……おい、あかり!」
「……てる、くん」

とろん、とした目で、舌足らずな喋り方で、あかりが言った。

「あのね、だいすき」
「……は?」

こいつ、今、何て……。

「だいすき」

人の胸元に手のひらをついて、熱っぽく潤んだ瞳で、上目づかい。そして、この台詞。その破壊力ときたら。

「お、おまえ、何言って……」
「だいすき、だよ」
「……や、聞こえてるから!」

真っ直ぐな視線に耐えきれなくて、目を逸らした。あかりの手が背中に回る。胸の辺りに頬をすり寄せられた。ちょ、ちょっと待て。いや、かなり待ってほしい。

「な、なあ、あかり、やめろって……」
「…………だいすき」

くっついているせいで、あかりの声はくぐもって聞こえた。あかりの息づかいを服越しに感じる。待て、ちょっと待て、俺の理性。相手は酔っ払いだ。こんなの、本気に取ったら駄目だし、そもそも……。

「あかり…………」

頭には“ダメだ”って言い聞かせているのに、体が前のめりに傾きそうになった。胸に、頬を寄せるのをやめてほしい。心臓の音を聞かれてしまうだろうし、どれだけドキドキしているか、ばれてしまう。多分、もう手遅れだったけど。

相手は呂律が回らない酔っ払い。腕を少し動かせばあかりの体を遠ざけることは簡単だろう。同じように、少し腕を動かせば、抱きしめるのも簡単だろう。錆びた機械みたいに、体が動かない。寄せた体から、何だかいい匂いがする。甘いお菓子みたいな、あるいは、何かの花みたいな、甘ったるい匂い。頭がクラクラしてきた。

「……おーい、そこのバカップル。公衆の面前でイチャつくの禁止な」
「…………針谷」

そうだよな。ああ、そうだよ。幾ら会場の隅とはいえ、人の目がある場所。こんなことしてたら、すぐ見つかるし。

……胸が重い。体重のほとんどをかけられてるような……まさかとは思うけど、まさか、寝てる、とか。

「あかり? まさか寝てないよな?」
「………………」

反応が無い。嫌な予感が当たっているような予感。

「何だ? あかりのヤツ、寝てんのか?」
「そのまさか、みたいだよ。ったく……」
「しっかし、仲良いな、オマエら」
「…………この状況を、どう解釈したら、そんな感想になるんだ?」
「見たまんまの感想だよ、“不機嫌ぼっちゃん”。腹の虫はもうおさまったか?」
「ウルサイ」

針谷がニヤニヤ顔で茶化してくる。てゆーか、そんな場合じゃない。

「なあ、針谷。あかりのヤツ、酔っ払ってるみたいなんだ。どこかで休ませてやれないか? ここでもいいんだけど…………つーか、ここって何時までいられるんだ?」
「ん? ここは朝まで貸し切りにしてっから時間は大丈夫だけどよ。こいつ酔っ払ってるのか?」
「ああ。そこのアルコール飲んじゃったみたいで……」
「酒? でも、酒なんて……」

針谷が訝しげな顔でテーブルに置いてあった缶を持ち上げる。しばらく見つめて「おい、佐伯」と口を開く。

「これ、酒じゃねーぞ」
「え?」

でも、見た目が……。

「カクテル風のジュース、な。アルコール分はゼロだ」
「…………酒じゃない?」
「ああ。つーか、オレらみたいな高校生の打ち上げでアルコールなんかあったら大問題だろ」
「……おまえらって、案外真面目なのな」
「真面目とかじゃねーよ。そういうことして、活動禁止になるのが怖ぇだけ」

針谷は缶を眺めつつ「おかしいと思ったぜ。つーか、こんなややこしいモン持ち込んだの、誰だ?」とか言って、ぼやいている。ホント、誰だ。いや、それより……。

「つーか、そいつ、寝てねぇんじゃねえの?」

針谷が俺の胸元に顔を埋めているあかりを指さして言った。

「え?」

思わず間の抜けた声が口から洩れた。胸元のあかりのつむじを見つめた。ぴくりとも動かない、けど……。

「………………ハリーの、意地悪」

あかりの絞り出すような小さな声が胸の辺りから聞こえてきた。背中に回されていた腕がほどけて、あかりが顔を上げる。何だか泣きそうな困り顔をしていた。目のふちが赤い。

「甘ぇんだよ、オレ様を騙そうなんて」
「もう……」
「え、つーか、あかり」
「……うん」
「……その、何で?」

何で、こんなこと……。

「……ごめんね、瑛くん」

消え入りそうな声であかりは謝った。


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