Will you …
※卒業後のお二人です
※オマージュにもほどがあります
※ユキミさんに捧げます
頬に指先を触れる。そのまま撫でるように指先を下ろしていって、顎先に手を添える。顔を上向けさせると、ためらいがちに、そっと瞼を伏せる。キスをするとき、決まって、そうする。まるで習慣のように。
随分と変わったな、と思う。
いつか、キスをしようとして顔を近づけたのに、ちっとも目を瞑る素振りを見せなかったから、焦れて言ったことがあった。「こういうときは目を閉じるもんだ」って。そしたら、こいつ、何て言ったんだったかな……。ああ、そうだ。「そうなの?」って、きょとんとした顔で言い返して来たんだ。
「……瑛くん、どうして笑ってるの?」
一旦閉じた瞼を持ち上げて、不思議そうに訊いてくる。「別に」と答えておく。思い出し笑いを引っ込めて、今度こそ顔を寄せた。条件反射みたいに、もう一度、瞼に瞳が隠れる。白い頬に睫毛の影が落ちる。その影を見るのが、好きだ。同じ色味だけど、睫毛が、髪と眉毛よりも少し濃い色をしているだとか、こうして近くで観察して初めて分かったことだった。……そんなことはわざわざ口に出して、言ったりしないけど。だって観察してるなんて、何だか変態じみてるし、白状して、こうやって観察する機会を失くすのも、まあ、イヤだし……。
関係が変わるにつれて、キスも様変わりしていった。最初は、ただ唇と唇を触れ合わせるだけのキス。今はもう、それだけじゃ物足りないから、今するキスは深いキスだ。そうなるまで、一悶着あったりしたけど、それも今なってみればいい思い出だと言える。
告白すれば、関係が深まれば、いつか、満足すると思っていたけど、どんどん欲張りになって行くみたいだ。今よりもっと確かな繋がりが欲しい。このところ、ずっとそのことについて考えている。
胸元で光る鍵が、ほとんど指輪代わりみたいなものだったけど、このボンヤリは分かっていないかもしれない。
だから……最近ずっと考えているのは、どうやってプロポーズしたらいいんだろう、ということだった。ただ渡すだけじゃ詰まらない。ポケットにしまいこんだ、小さな箱の中身の効果的で印象的な渡し方、それが最近の悩み事。ボンヤリにもはっきりとわかるように渡さなくちゃいけないのが悩みどころだ。
……渡したら、どんな顔、するかな。喜んでくれるかな。泣く、かな。こいつ案外泣き虫だし。それとも、どっちか、じゃなくて、どっちも、かな。
いつか、あの懐かしい海辺で、灯台で、泣きながら笑っていた顔を思い出す。
キスはいつも、約束と一緒だった。
最初のキスは、また逢うための。
二度目は、もう離れないで済むように約束の、それから、もう一度キスの魔法を確認するための、キス。
俺たち二人にとって、キスはいつも特別な意味を持っていた。
それじゃあ、プロポーズのときは、どんなキスを交わせばいい? これから先の人生を二人で寄り添って分かち合って暮らしていくための約束には、どんなキスが必要だろう。
睫毛の先が微かに震えて、ゆっくりと、花が咲くみたいに睫毛が持ち上がった。ささやき声で呼ばれた。
「…………瑛くん」
「……何?」
「今日、あんまり集中してないでしょ」
そう言って、悪戯っぽい目で見上げてくる。
「何か、別のこと考えてる?」
「別に…………」
図星と言えば、図星。でも、言えるわけがない。プロポーズの仕方を考えてました、なんて。
けれど、それだって結局のところ、目の前の相手、こいつのことだ。
疑わしげな視線を寄越す相手に向けて、ため息を落としながら、観念して白状した。
「悪いけど、俺の頭の中はおまえでいっぱいだよ」
もう、ずっと。もしかしたら、最初に逢ったときから。
掴んだ手の中で、うろたえたように震えた手の、手のひらを上向けさせて身をかがめた。
そうして、手のひらにキスを落としながら、今はまだ口に出しては言えない台詞を、そっと祈るように、懇願するように、ただ胸の内だけで告げた。
――Will you marry me?
2011.11.08
[back]
[works]