おくちの中は未開封 #3
○
「ほら、おかゆ、出来たぞ」
「…………うん」
寝てたのか、寝声だ。
「あかり、起きろって」
「うん……」
あかりはのそのそと布団から顔を出して、瞼を上げた。酷くだるそうだった。
「…………ごめんね、瑛くん」
「何で謝るんだよ」
「忙しいのに、おかゆまで作ってもらっちゃって」
「余計なことは気にしなくていいから、早く治せ」
「うん…………」
ついさっきまでとは打って変わって元気がない。熱が上がってきてるのかもしれない。
「……おかゆ、そこに置いておいて。瑛くんは帰ってくれて良いよ」
「……ダメだ。このままにしたら、おまえ、ゼッタイ寝るだろ。少しでいいから、これ食べて薬飲んで、寝ろ」
「でも……」
「体、起こせよ」
お盆ごとおかゆを床に置いて、あかりの肩に手をかけて起こした。パジャマ越しにも体が熱いのが分かった。思っていたより重症みたいだった。……そうじゃなきゃ、休まないか、と思い直す。人のことは言えないけど、こいつには頑張りすぎるところがある。
床に置いたおかゆを匙ですくう。半身を起して、だるそうに背もたれに体を預けてぼんやりしている相手の前に差し出してやった。
「ほら、食べろよ」
「………………熱そうだなあ」
「……息吹きかけて食べろよ」
「瑛くん、してくれないの?」
「…………それは、さすがに……」
恥かしいだろう、と思う。あかりが目を細める。体を少し前に動かして、口をすぼめて何度か息を吹きかける。それから、口を開けたから、匙を口元に持って行ってやった。……親鳥が雛に餌を与えてるような感覚。雛がにこり、と笑う。
「おいしい」
「……そうかよ」
「味は分かんないけど」
「分かんないのかよ」
「でも、たまご、ちゃんと半熟だね。瑛くん、上手だね」
親鳥が雛に褒められているという、不思議な絵面。更に不思議なのは、そう言われて喜んでいることだった。今はそんなことを考えている場合じゃない。
「……もう少し食べろよ」
「うん」
何度か同じことを繰り返す。椀によそったおかゆも大分減った。
「薬は?」
「机の上にあるよ」
「これ?」
「うん、それ」
「水、持ってきてやるから」
開いた椀をお盆に載せて立ちあがる。背中に声がかかった。
「……たくさん迷惑かけちゃって、ごめんね、瑛くん」
「……そう思うならさ」
行きかけたのを、思い直して踵を返して戻る。
「早く治せよ。そんで、あんまり無理しないように。ぶっ倒れる直前まで頑張ったりなんか、するなよ」
空いた手を寝癖が出来かけている茶色い頭の上に載せて撫でてやった。そんなことをしたのは、いつもに比べて元気がなかったせいもあるし、妙にしおらしい台詞が涙ぐましかったせいだと思う。
手のひらの下で、黒目がちな目が納得出来かねるように瞬いた。
「……頑張りすぎるのは、瑛くんの方だと思うけどなあ」
「何か言ったか?」
「ううん、何も」
「よし、薬、飲めよ」
「苦いのはヤダなあ……」
「何か言ったか?」
「ううん、何にも」
「よろしい」
ドアを後ろ手に閉める。……ほだされて甘やかし過ぎた気もしなくもない。手元のお盆に視線を移す。冷静になって考えると、とんでもなく恥かしい。でも……これで早く治るなら、別に構わない。早く治るといい。隣りに見慣れた姿が見当たらないのは、どうにも調子が狂って仕方ないし、元気のない姿より、やっぱり、元気な姿が見たい。
……早く良くなれよ。
口には出さないで呟いて、階下へおりた。
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