おくちの中は未開封 #1


これまでも何度かあったんだ。姿を見ないなと思って探す。教室にも屋上にもいない。学校休んでるのかな、という可能性が頭をチラついてきた辺りで、例えば、校内の中庭でグースカ寝こけている姿を発見したりする。声をかけても揺らしても、てこでも起きないから、魔がさした……さしかけたんだけど、そうすると、このボンヤリときたら、急に目を開けたりするんだ。全く、侮れない。
そんなことが何度かあった。いや、魔がさしたのが、じゃなくて、あかりが中庭で昼寝してることが。
「何してるんだ」と聞けば、「休養中だよ」と事もなげに言って寄越す。

「……こんなとこで寝てたら風邪引くだろ」

春先や夏ならともかく、そろそろもう本格的に秋。風が吹けば枯葉が舞い散る。こんな時期にわざわざ外で昼寝なんてあり得ないだろ。

「でも、疲れちゃって」

眉を八の字に下げながらボンヤリが言った。
その声が、どうしてか、いつまでも耳に残っていた。いつも飛んだり跳ねたり、見た目に反して、割と元気な印象を残す相手が口にするには、あまりにも弱気な台詞だったせいだと思う。





そうして翌々週あたり、本当に風邪を引いて学校を一週間も休んだりするんだ、あのボンヤリは。また姿が見えないから、気になってクラスを覗く。聞くと、「風邪で欠席中」だって。だから言っただろ、と、あの茶色い頭に言ってやりたい。

「あのボンヤリ……」

思わず素が出て、目の前の女子生徒が怪訝そうに眉を上げる。慌てて笑顔を取り繕って言う。

「海野さん、心配だね」
「うん、本当に」

目の前のあかりのクラスメイトの女子が生真面目そうに頷いた。心配、か……。





別に心配とかじゃないし、あいつのことなんか全然心配じゃないし、ただ、ちょっと頭の隅に引っかかっているだけだ。あるだろう? 見慣れたものが見当たらないと少し気にかかるってこと。いつも一緒にいて視界に馴染んだ茶色い髪の毛の頭が見えないのが、単に気になるだけだし。
それにアイツ、珊瑚礁の貴重な人員だし。早く治ってもらわないと俺が困る。いや……あくまで、バイト上で、という断り書き付きで。

学校から一旦珊瑚礁に戻って、また外に出て、あかりの家に向かう途中、言い訳めいた台詞で頭がいっぱいだった。まるで自分に言い聞かせているような感じ。あかりの家の玄関に立って、一瞬逡巡する。……案外元気そうにしてて『あ、瑛くんだぁ!』なんて言ってきたら、チョップしてやろう。そう心に決めてチャイムを鳴らした。

……。

応答なし。

もう一回押してみる。

今度は耳を澄ませて、ドアの向こう側の気配を探ってみる。
……全く人の気配がしない。もしかして、留守とか?
どうしたものかな、と手元のシャーベットに目をやる。見舞い用に持参した品。保冷容器に入れているものの、早くしないと溶ける。
……留守なら、仕方ないよな。踵を返そうとしたところで、ドアの向こうで物音がした。足音とか、そういうかわいいもんじゃなかった。どんがらがっしゃん。物を派手に転がしたような音だった。

嫌な予感がしてドアノブに手をかけた。鍵はかかっていなかった。やけにすんなりと開いたドアの向こう、廊下の突き当たり、階段のふもとに倒れ込むあかりの姿が見えて、肝が冷えた。

「あかり!」

他人の家に入るのに断りも何も無しに中に入った。それどころじゃなかった。うつぶせに倒れこんでいるあかりに駆け寄って抱き起こした。目を閉じて力なくぐったりしている相手に呼び掛ける。

「あかり? 大丈夫か?」

チョップなんてとんでもなかった。何を馬鹿な事を、と少し前の自分を詰りたい。こんなに弱っていたなんて。少し前の放課後、眉を下げて『疲れちゃって』と言って弱く笑っていた顔を思い出す。あのとき、ちゃんと気づいてやれば良かった。そうすれば、今こんな……。

「……てる、くん?」

睫毛の先を震わせて、あかりが瞼を持ち上げた。何度か瞬きをして、眩しそうに目を細める。天井の電灯の光が映り込んで、虹彩に光の輪が出来ていた。その光を見た瞬間、酷く安心した。よかった、目を開けてくれた……。

「どこも打ってないか? 痛いところは?」
「…………瑛くん、あのね……」

熱があるのか、それともどこか打って痛いのか、あかりの目は涙ぐんで、うるんでいた。弱々しい声で何か言おうとするから、耳を寄せてやった。望むことなら何でも叶えてやりたかった。

「うん、どうした?」
「あのね……お腹、空いた…………」
「……………………」

言って、力尽きたのか、くたり、とまた腕の中に沈んだ。理由が理由とは言え、酷く弱っている相手にまさかチョップする訳にもいかず、何とか耐えたものの、今、物凄くチョップしたい。完治したら覚えてろよ、このヤロウ……と思う。


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