灯台モトクラシー #3


あっちへ向けて、こっちへ向けて、何だか多種多様な広がり(竜宮城めいた人魚伝説、灯台ライブ会場説、宇宙人、エトセトラ、エトセトラ……)を見せていた灯台伝説。
わたしと西本さんと水島さんの三人は急ごしらえに“羽ヶ崎灯台伝説調査団”を結成。
結成当日の放課後と翌日の休み時間を利用して集めた情報を前にして頭を抱えたわたしたちは、結局、伝説の場所である灯台へ行ってみることにした。

「煙の立たぬところに噂は立たぬって言うしな!」
「それを言うなら、火のないところに煙は立たぬ、じゃないかしら?」
「あれ、そうやったっけ?」

う、うん、大丈夫、だよね?
一抹の不安を抱えたままではあったけど、わたしたちはみんなの予定が合う放課後に一度灯台へ集まってみることにした。何か、新しいことが分かるといいな。





珊瑚礁でアルバイトしているとき、ふと、思い立って訊いてみた。ここ数日の間、いろんな人に向けて何度も繰り返した質問を。

「ねえ、佐伯くん。佐伯くんは、灯台の伝説って知ってる?」

そのとき佐伯くんはこちらに背を向けてグラスを磨いていたんだと思う。わたしはテーブルを拭いて回っていて、マスターは奥で帳簿をつけていたはず。

投げかけた質問に対して、いつまでたっても反応がない。さすがに不思議に思って、佐伯くんの方を振り返ってみた。
見ると、想定通り、カウンターの向こう側にこちらへ背を向けて手元を動かしている佐伯くんのうしろ姿があった

――聞こえなかったのかな?

もう一度、声を強めて呼んでみる。

「ねえ、佐伯くん」
「……聞こえてる」

何だか、やけに大きな声だった。

「聞こえたよ、ちゃんと」

こつん。
佐伯くんは磨き終えたグラスを棚に並べている。グラスはキラキラと灯りを反射して輝いている。汚れ一つない。
また別のグラスを手にとって、佐伯くんはこちらを振り返った。

「……で、何が狙いなんだよ?」

眉間に皺が寄って、不機嫌そうな顔。目を細めて、まるでこっちの魂胆を押しはかろうとしているような表情だった。
魂胆も何もない、ただの噂話なのに。世間話のつもりなのに、とわたしはのけ反りそうになる。

「“狙い”って?」
「そういう話題をわざわざ持ち出してきた狙いだよ。何だって急に灯台の伝説なんか持ち出してきたんだ」
「それは……」

そこで順繰りに説明してみることにした。

「今日ね、友達と灯台の伝説の話になって、それで、盛り上がっちゃって。すごいよね、灯台の伝説って、聞いた人ごとに全然違うんだもん。で、みんな燃えちゃって、噂の真相を確かめるぞー、みたいな話になって……」
「ストップ。ちょっと待て」
「え?」

カツカツカツカツ、足音を立ててフロアを横切るように佐伯くんが歩いてくる。眉間の皺は相変わらず、まるで不機嫌にしか見えない表情だ。
すぐ近く、テーブルを1つ挟んで向かい合って、睨まれてしまう。

「噂の真相を、何だって?」
「ええと、確かめよう、って」

はあ、と盛大なため息が降ってきた。佐伯くんは額に手を当てようとしたのか、右手を持ち上げ、グラスを拭くためのクロスを持っていることに気づいて、額には当てずに、そのままやっぱり手を下におろした。

「確かめるって、どうやって」
「ええと、いろんな人の話を聞くことは昨日今日してみたから……うん、今度みんなで集まって、灯台を調べてみようかなって思ってるんだ」

佐伯くんは真剣な(むしろ怒ったような)顔で、こっちを見ている。じっと見つめられて、目を逸らしそうになるものの、理由も分からず目を逸らすのは、何だかくやしいので、したくない。

――佐伯くんは、何をそんなに怒っているんだろう?

それを訊かないことには始まらない。

「ねえ、佐伯くん。どうして怒ってるの?」
「怒ってない。ただ、不愉快なだけだ」

世間一般では、そういうのを“怒ってる”っていうんじゃないかな……。
佐伯くんは、もう一度ため息を吐いて、ぼやくように言った。

「なあ。そういうの、やめろよな」
「そういうのって?」
「だからそういう……何も知らないくせに、根掘り葉掘り、ほじくり返そうとすることだよ」
「……知らないからこそ、知りたいと思うのは、悪いことじゃないと思うよ?」
「そういうことじゃないだろ、これは。どうせただの野次馬根性のくせに、深い事情とか何も知らないで、土足で踏み込むようなことすんなって話」
「……そういう言い方、よくないと思う」

みんな知りたいって思ったことは、本当。
野次馬根性も……少しは、ううん、大分、あったかもしれない。
でも、こんな言い方は幾らなんでも、あんまりだと思った。

佐伯くんは煩わしそうに顔を背けて言った。

「どうせアレだろ、おまえ、みんなでワイワイやってるの見て、よく考えもしないで、それでいいやってなってるだけなんだろ」

その一言で、もう限界だった。

「……佐伯くんの分からず屋!」
「はあ!?」
「佐伯くんのバカ! 分からず屋!」
「聞こえてるよ! つーか、文句増やしただろバカ!」
「バカって言った方がバカなんだよ、バカ!」
「それで行くと、おまえのがバカだろ、バカ!」

バカの応酬に押し問答。拭きかけだったテーブルに目を落とす。あと拭いていないのは、ここを含めて、A席にB席だけ。すぐ終わる。

「…………分からず屋の佐伯くんとこれ以上話しても生産的な会話にはなりそうにないから、テーブル拭いたら帰ります」
「は? あ、ああ、うん……。テーブル拭いたら、上がっていいよ」

テーブルを拭く。やけに力が入ってしまう。乱暴になる。怒りにまかせて仕事をするのはダメだと思い直して、丁寧に拭き直す。そのままの位置でグラスを拭く佐伯くんの横を通って、次のテーブルを拭く。会話はない。背中に視線を感じる気がする。けど、何も言わない。ゼッタイ、言わない。

テーブルと椅子を拭き終わって、クロスを所定の位置に収め、頭を下げる。

「じゃあ、わたし、帰るね」

「ちょっと待てよ」と背中に声がかかった。怒ったような声だった。

「送ってく」

わたしも振り向かないで言った。

「いい、一人で帰る」
「……そういう訳にもいかないだろ」
「本当にいいから」

後ろ手に扉を閉める。更衣室で着替えて荷物を持って、急いで帰り支度を済ます。
佐伯くんがぶっきらぼうなのは、今に始まったことじゃない。ときどき、言葉が乱暴すぎるのも。そんなの4月以来、学校で珊瑚礁で一緒に過ごして分かっていたことだったのに。なのに、今日はどうしてこんなに腹が立つんだろう? 自分でも、どうしてこんなことで、こんなに怒っているのか、あまつさえ……泣きそうなのか、訳が分からなかった。




2011.11.02
*ようやく佐伯くんが出てきたのに、超ケンカしていてごめんなさい;; ちなみにまだ一年目の話だったり(こんなとこで言う話じゃない)。
*続きます。あと一回で終わるかなあ……。

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