灯台モトクラシー #2


かいつまんで言えば、伝説はバリエーションに富んだ発展を見せていた。

おそらく、元々のお話は一つだったはずだけど、人から人へと伝わるうちに、だんだんと元のお話とはかけ離れたものになって行ってしまったみたい。

西本さんと水島さん、そしてわたしが残りのお昼休みと、休み時間、その日の放課後を使って聞きこみした結果、分かったこと。灯台の伝説は、何だか突拍子もない方向へ、あっちへこっちへと内容をバラバラに変容させていた、ということ。まるで元々のお話を忘れて迷子にでもなってしまったかのように。





「灯台の話?」

澄んだ水色の瞳を瞬きさせて、クリスくんは鸚鵡返しに質問を繰り返した。西本さんが相槌を打つ。

「そ、灯台の話。なんか、伝説とか、聞いてへん?」
「伝説、伝説〜……」

ん〜、と少しのあいだ考え込んで、クリスくんは体の前で、ぽん、と手のひらを叩いた。

「うん、聞いたことあるわ。人魚の話!」
「そこら辺、くわしく!」

西本さんが体を前のめりにして訊く。水島さんはニコニコと笑顔でクリスくんのお話を聞いている。わたしは、クリスくんの口から“人魚”という単語が出てきてドキマギしていた。人魚の話……やっぱり、若者との恋のお話なのかな……。

「うん、むっちゃカワイイ人魚が、たくさんいてな、歓迎してくれるんやって」
「たくさんの人魚……」

思わず絶句してしまう。たくさんの人魚って……。人魚といえば、悲しい恋のお話、という先入観があるせいか、クリスくんのお話みたいに陽気な雰囲気は何だか、想像が難しい。

「そ、たくさん人魚がおってな、鯛や平目の舞い踊り〜って、大歓迎してくれるんやって」
「鯛や平目の……」

そ、それは何か別のお話が混じっているんじゃないかな? 亀や玉手箱とかか出てくるようなお話と。
絶句するわたしたちとは違って、クリスくんはほんわかとした笑顔で伝説の話を続ける。

「ええなあ、かわいい人魚……見てみたいわぁ……」
「ええ、見てみたいわね」

あ、あれ? 水島さん、笑顔なのに、何でだろう……こう、首筋が粟立つ雰囲気が……。
西本さんがぼそり、と言う。

「あかん……」
「西本さん?」
「あかん、あかん、あかーん!!」
「わっ」
「なんやのん、その、ハーレムみたいな話! 男の妄想全開な内容やないの! そんなん、ちっとも感動せんわ! あかん! もっとこう、ロマンチックでセンチメンタルでメモリアルなお話じゃなきゃ、あかん!」
「ロマンチックで、センチメンタルでメモリアル……」

どんな話だろう、それは……。
一息にまくしたてて肩で息をしている西本さんに、クリスくんは眉を八の字に下げて訊ねる。

「ええ〜、ダメ?」
「ダメ! 全っ然、ダメ!」
「そんなぁ、全否定なんて悲しいわあ……あ、ハリーくん! ちょうどよかった、ちょっと聞いて〜」
「“くん”じゃねぇ! ハリーって呼べっつの! 何だよ?」
「えっ、ははは、ハリー!?」
「西本さん、どうしたの!?」

急にしどろもどろになってわたしの影に隠れてしまった西本さんに驚く。うーん……ハリーが来ただけなのになあ……どうしたんだろう。

「灯台の話、あるやんか」
「灯台の話?」
「羽ヶ崎灯台の伝説をね、私達、いま集めているところなの」と水島さんが補足する。
「へえ」とハリーが頷く。クリスくんが話を続ける。
「僕な、あすこに行くと、めっちゃたくさんのカワイイ人魚が歓迎してくれる〜っていう話を聞いたことがあるんやけど、ハリーくん、知らんかなぁ」
「知らねーよ。つーか、何だよ、その浦島太郎みてぇな話」

クリスくんの話に対し、ハリーの返事はとても簡単なものだった。わたしの背に隠れていた西本さんが相槌を打つ。

「そう! そう、浦島太郎か!って話やんか! さすがハリー!」
「お、おお? サンキュー」
「え〜、ハリーくん、見てみたいって思わん? めっちゃカワイイ人魚」
「おまえは何でそんなにガッカリしてんだよ! ………………まあでも、少しは見たいかもしんねぇな」
「えええ、何やのん、ハリー……」
「男の子って、やっぱりそうなのね」

クリスくんとハリーのやり取りを目の当たりにして、西本さんは肩を落とし、水島さんは……ええと、笑顔なのに、どうして背筋が寒くなるんだろう?

「え、何。オレらガッカリされてんのか?」
「うん、僕もガッカリされ通しやわぁ」
「笑顔で言うことじゃねーし! つーか、灯台の噂か? オレが聞いたヤツはもっと別の話だったぞ」
「えっ、ハリー、それってどんな話やの?」
「何か、ライブの話」
「ら、ライブ!?」
「ああ。灯台がライトアップされてシークレットライブの会場になるって話。いいよな、ちょっと憧れるぜ」

キラキラと瞳を輝かせてハリーはライブ会場になった灯台に思いを馳せているみたい。

「また珍説のお出ましね」
「う、うん、そうだね……」
「珍説とか言うんじゃねーよ! かっこいいだろ、灯台でシークレットライブ!」
「うん、ハリーめっちゃかっこいい!」
「おお、サンキュー西本!」
「西本さん……」

いけない、このままじゃ他の灯台伝説がライブ説に駆逐されてしまいそう。
更にライブ説で盛り上がりそうなハリーにお礼を言って、ハリーの話に聞き入っている西本さんの手を掴んで、その場を後にすることにした。

「いやや、もっと聞きたい、ライブの話!」
「西本さん、しっかりして! ロマンチックでセンチメンタルでメモリアルなお話を探しているんでしょう?」
「ろ、ロマンチック……」
「そう、ロマンチック。ライブ説はあんまりロマンチックじゃないでしょう?」
「…………ううん、ライブ、めっちゃロマンが詰まってるもん! ロマンやもん! ロマンチックやもん!」
「西本さぁぁぁぁん! しっかりしてぇぇぇ!」

その後、わたしの必死の説得と水島さんの懸命な忠告があって、西本さんは無事に正気を取り戻してくれたけど、灯台の伝説調べは中々難攻してしまった。

“めっちゃたくさんのカワイイ人魚”の話に、“シークレットライブ”説……その後、聞き込みを重ねて分かってきたことは、クリスくんとハリーから聞いた話でさえも決して荒唐無稽な話、という訳じゃないと言うこと。

灯台の伝説は本当に多種多様で、それこそ、人の数だけあるんじゃないか、と思えるほどだった。しかも、どれもこれも、中々に突拍子もない話ばかり。宇宙人に、おいてけ掘、埋蔵金説、レンジャー部隊……そういう話が飛び出してくる始末。どれも、悪ふざけとしか思えない話ばかり。――どういうことだろう、これは?



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2011.11.02
*悪ふざけが過ぎてすみません。楽しかった(こらっ)
*(あと一回か二回ほど)続きます。

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