イタズラとお菓子と攻防戦(後編)


「コーヒーでいいか?」
「うん……」

コーヒーカップを両手に佐伯くんがカウンターから出てくる。差し出されたカップを受け取る。

「ありがとう」
「で? 何を作って来たんだ?」
「うん、あのね、ちょっとしたお菓子なんだけど……」
「ふうん……」

用意していたお菓子をお皿に載せて、佐伯くんに差し出す。

「!?」

佐伯くんが目を見張る。次いで、後ずさった。ガタン、と椅子が音を立てる。

「熱っ!」

後ずさった時、コーヒーが零れてしまったみたい。手にしたカップから、コーヒーの黒い滴がしたたり落ちる。

「だ、大丈夫?! 佐伯くん!」
「……や、大丈夫。いや、やっぱ大丈夫じゃない。熱いし……」
「冷やさなきゃ!」

冷たいおしぼり、ううん、氷を取りに走りだそうとしたところを佐伯くんに止められた。……制服の首根っこを捕まえられて。ぐえ、と潰れた声が喉から出た

「……おまえは大人しくそこに座ってろ。これ以上面倒を起こすな。俺は手を洗ってくるから」
「う、うん」

引っ張られる様にして椅子に座らされた。そうして、声が降ってくる。

「それから、反省会な?」

佐伯くんはニコリと、それはそれは綺麗に笑うと、厨房へ消えていった。
どうしよう、佐伯くん、すごく怒ってるよね……。佐伯くんが私の前であんな風に笑う時は要注意だ。大抵の場合、すごくすごく怒っている時だから。
ものすごく怒られそうな予感に身をすくませた。ど、どうしよう……。





手を洗って、厨房から戻ってくると、佐伯くんはお皿を指をさした。

「で、これは何だ?」
「……ハロウィン用のお菓子、だよ」

佐伯くんはわたしの台詞を訊くと、一瞬目を閉じて難しい顔をしてみせたのち、声を上げた。

「……こんな恐ろしい見た目のお菓子があるか!」
「だって、ハロウィン用のお菓子だもの……」

ぼそぼそと、さっきと同じ言い訳をする。
正攻法でお菓子を作っては、とてもじゃないけど佐伯くんには勝てないと思ったわたしは、少し変わった見た目のお菓子を作ることにした。

「だからって、これはないだろ!」

こんな、と言って佐伯くんが指さしたお菓子は、指の形をしている。ミミを切った食パンをくるくるっと丸めて、細長くする。こう、指のように先細りの形で。パンの先っぽ、指の先に当たる部分にはアーモンドスライスを乗せて、より指らしくしてみる。
それから、ハロウィンらしい飾り付けも。アーモンドスライスの爪とは反対側、パンで出来た指の付け根に当たる部分にはたっぷりと苺ジャムを塗ってみた。
自分でも出来はなかなかだったと思ったのに(なかなか、指らしく、つまりおどろどろしい見た目になったなあって)、佐伯くんったら、そんなに怒ることないと思うんだけど……。

「……ったく」

ため息が降ってきた。佐伯くんが立ちあがる。

「食べないの?」
「食べない。味の想像は大体つくし」
「で、でも……」

せっかく作ったのに、一口だけでも……。
そこで、ふと、気がついた。

「佐伯くん」
「何だよ?」

佐伯くんがさっきから、お皿の方を全然見ないことに。

「もしかして、怖すぎて食べれない、とか……もがっ」
「それ以上、何か言ったら怒るからな」
「もごもごもご……(もう、怒ってるよ)」
「何か言ったか?」
「もご(ううん)」

手のひらで口元をふさがれたまま、首を横に振る。「よし」と言って、佐伯くんがカウンター裏へ向かう。

……佐伯くん、このお菓子、怖かったのかなあ。

つんつん、と指先で指型のお菓子を突く。ちゃんと名前の候補だって考えたのに。“死霊の指”や“魔女の爪”とか。どっちがいいか、佐伯くんに訊いてみようと思ったけど、さっきの反応を見てみたら、とても訊けないかも。

「ほら。どうぞ」

ことり。デザートプレートが目の前に置かれた。

「……わあ!」

ミニサイズのチョコレートケーキ。表面には粉砂糖でジャック・オ・ランタンのイタズラっぽい笑顔が描かれている。ケーキの周りを飾るように、かわいいプチシューが転がっている。見た目もかわいいし、何より、おいしそう。

「食べてもいい?」
「どうぞ、召し上がれ」
「うん、いただきまーす」

喜び勇んでフォークを手に取る。ふと、向かいに座った佐伯くんの前には何も置かれてないことに気がついて、手を止める。

「佐伯くんの分は?」
「俺はいいの」
「でも……」

佐伯くん、自分で作ったから、いらないのかな……。
わたしは斜め前に寄せられた、指のお菓子を差し出そうとした。

「佐伯くん、よかったら、これ……」
「いい、いらない。つーか、いらない。むしろ、いらない」
「そ、そこまで言わなくても……」
「いいから、早く食べろ。そして負けを認めろ」
「……いただきます」

ケーキにフォークを差し入れる。フォークを縦にして、そのまま寝かせて、一口大に切りとって、口に持っていく。咀嚼して、飲みこむ。おいしいなあ。分かっていたことではあったけど、分かり切っていたことではあったけど、おいしいなあ。

佐伯くんが用意してくれていたのは、珊瑚礁のハロウィンの時期用のケーキとは違うものだった。飾り付けも、いつもより手が込んでいる。添えられたプチシューも、カスタードクリームでも、生クリームでもない、パンプキンのクリームだった。

「……佐伯くん」
「何だよ」
「わざわざ、作ってくれたの?」

今日のために。
一月前に、わたしがあんなことを言いだしたために。
きっと忙しかったのに、新しく考えて作ってくれたのかな……。

佐伯くんは頬づえをついて、そっぽを向いてしまっている。表情が見えないまま、ぼそり、とした声が聞こえた。

「……そうだよ」

不意に、しんみりとした気持ちになった。脇に目をやる。わたしが作ってきた、指の形のお菓子。パーティの賑やかしには、うってつけのビックリメニューではあるけど、材料費も手間もかかっていない、簡単なお菓子。

それに対して、佐伯くんのケーキは手間も技術もたっぷり込められていた。わたしは、てっきり、佐伯くんは珊瑚礁のメニューのケーキを出してくるものだと思っていた。

「……ごめんね、佐伯くん」
「何で謝るんだよ」
「……うん、あのね。もっと、真面目に作れば良かったなあって、思って」
「ホントにな。まさか、そっち系のヤツを作ってくるとは思わなかった」
「そっち系って?」
「トンデモ系」
「で、でも! 頑張ったんだよ……! 一応、頑張って考えて…………」
「分かるよ」

頬づえついて、そっぽを向いたまま、佐伯くんは言った。

「それは、分かる」

そんな佐伯くんを見ていたら、どんどん申し訳ない気持ちになった。
まるでプロのようにお菓子作りが上手な佐伯くん。佐伯くんに勝つためには正攻法で挑んだら無理だと思った。だから、こういう形のお菓子にしてみたんだけど……。

でも……。
ちゃんと正攻法で頑張れば良かった、かも。
負けが見えていても。ちゃんとしたケーキを。

「……あのさ」と佐伯くんが訊いてきた。

「イタズラ、何をしようとしてたんだ?」
「えっ?」
「最初、したがってたじゃん。イタズラ」
「う、うん……」

そもそも、この勝負の発端。怖がりなはずの佐伯くんが見栄を張るのがおかしくて、からかってしまったことが、原因。怖くないなら、イタズラをしてもいい?って、わたし、訊いてみたんだった。

「教えろよ。どういうイタズラがしたかったのか」
「ででも、わたし、もう佐伯くんからお菓子もらっちゃったし……お菓子をもらえたら、イタズラしちゃダメなんだよね?」
「いいから」

有無を言わさぬ口調。頬づえをやめて、佐伯くんが向き直る。

「気になるから、教えろって」
「それじゃあ、遠慮なく……」
「どうぞ」
「ええと、目、閉じてくれる?」
「…………………………何で」
「何でって……そうしないと、成功しなさそうだから、だよ」
「……………………何をするつもりだよ、一体」
「いいから、早く。ね?」
「はいはい…………」

目を閉じる佐伯くん。佐伯くんの顔の前で手を振ってみる。

「瞑った? 見えない? どう?」
「ちゃんと、閉じてるし、全然見えない。……いいから、早くしろよ、恥かしいんだから!」

……恥かしい?

「えっと、じゃあ、いくね!」
「………………」
「えい!」
「痛っ」

テーブル越しに腕を伸ばして、チョップ。
佐伯くんがビックリしたように声を上げる。あ、当たっちゃった……。

「……おま、おまえなあ! チョップはないだろ!」
「えっ、でも、イタズラにチョップはありなんじゃあ……」
「いや、なしだろ!」
「そうかなあ……」
「………………いや、うん、まあ、おかしくはないか。おかしいのは俺か……はあ……」
「佐伯くん?」

佐伯くんが、じろり、とわたしを見る。思わず、肩に力が入ってしまう。

「じゃあ、おかえし。今度は俺の番な?」
「えっ、えええええ……」
「何だよ。俺はそもそもお菓子ももらってないし、イタズラする権利はあるだろ?」
「それは、そうだけど……」
「ほら、目、閉じろ」
「ううう……お手柔らかにお願いします……」
「せいぜい覚悟しとけ」
「そんなあ……」

目を閉じる。これは……十中八九、まず間違いなく、チョップされちゃうよね……。最近は余り本気で痛いチョップをされたことはないけど、今回は痛そう。それはもう、痛そう。どうしよう、怖い。佐伯くんの本気チョップは見事に脳天に響くから、とても怖い。
迫りくる恐怖に耐え切れず、目を開けてしまった。

「佐伯くん、やっぱり、怖いよ……!」
「!!」

あれっ、佐伯くんの顔、すごく近い。何事だろう。

「ば、ばか! 何でいきりなり目、開けるんだよ! 目、閉じてろって言っただろ!」
「だ、だって、怖くて……。でも、佐伯くん、どうして、こんなに距離が近いの? チョップをするなら、もっと間合いを取った方が効果的なんじゃない?」

疑問をそのまま口にしたら、佐伯くんは言葉に詰まってしまった。あれ? 何だか、顔が赤いような……。

「ウルサイ!」
「痛い!」

一瞬、星が散った。い、痛い……。

「これでチャラな」
「うう…………」

頭をさする。うらめしげに佐伯くんを見上げる。佐伯くんは、眉間に力を込めて、複雑そうな顔をして見せた。

「…………おまえは、ボケボケすぎるんだ」
「ひ、酷いよ!」
「酷かない。酷いのは、おまえだろ」

テーブル越しに佐伯くんが手を伸ばしてきた。まさかまたチョップをされるのかな、と身構える。思い描いたような刺激はなくて、代わりに頭の天辺に手のひらを乗せられた。

「……佐伯くん?」
「……頭のヤツ、取れかかってる」
「えっ? あ、そっか……」

珊瑚礁の制服を着る時、髪が落ちてこないように巻いていたリボン。さっきのチョップで取れかかっていたみたい。首の後ろの結び目をほどく。

「……さっき、さ」
「うん?」
「痛かった、か?」
「うん、痛かった」
「即答かよ……」
「でも、もう痛くないよ」

笑顔を向けると、佐伯くんは複雑そうな顔をした。

「悪かった」
「でも、さっきのが佐伯くんのイタズラでしょう?」
「…………おまえさあ」
「うん?」
「イタズラだからって、何でもかんでも人に許したりするなよ? お父さんは心配だ」
「だ、大丈夫だよ!」

それに……。

「もう、今年のハロウィンも終わっちゃうし」

視線を珊瑚礁の中に巡らせる。終わりかけの夕日みたいに、淡くオレンジ色に光るハロウィンの飾り付けたち。今年の彼らの役割は、もう数時間でおしまい。

「うん、まあ……今年のは、もう終わるけど……来年、気をつけるように」
「う、うん。気をつける、よ?」
「……不安だ」
「じゃ、じゃあ、来年も同じ勝負しようよ!」
「……何で?」
「そしたら、今日の注意も思い出せそうだし、もし忘れてても、佐伯くんが教えてよ」
「……俺はおまえのお守りか」
「それに、もう一回、リベンジしたいし……その、ケーキ作りの……」
「…………」

今年は、失敗しちゃったみたいだから、来年こそはちゃんとしたケーキを作って勝負をしたい。白黒つけたい。何より、勝負よりもないよりも、今年のお礼がしたいから。

「だから、よかったら、来年もこうしてハロウィンのお菓子、作らない?」
「…………トンデモ系は勘弁な」
「も、もちろんだよ!」
「じゃあ、約束」
「うん、約束ね」

はい、と小指を差し出す。佐伯くんが不審そうに小指を眺める。

「何だこれ」
「指きりげんまん、しようよ」
「何で、そんなガキくさいこと……」
「約束、ちゃんと憶えているために、だよ」
「そんなことしなくたって、忘れないし…………」

言って、佐伯くんは首筋をさすった。「あー、でも、そうだな」と口の中で呟いて、小指を差し出す。

「おまえ、忘れっぽいし。俺は憶えてるけどな」
「そんなこと言って、佐伯くんこそ、忘れないでよ?」
「その台詞、そっくりそのまま返す」

少しの間、睨みあうように見つめ合って、それから、二人とも吹き出した。まるで睨めっこで根負けしたみたいに。

「じゃあ、約束」
「うん、約束ね」
「忘れんなよ」
「忘れないよ」

来年も、こうして一緒に過ごしたいね。
そのときは、失敗なんてしないで、ちゃんと喜んでもらえるようなものを作りたいなあって思う。だって、やっぱり、怒り顔よりも笑顔の方が良いもの。好きだもの。

カボチャ頭の飾りつけに囲まれて、灯台にも似た、オレンジ色の優しい淡い灯りに照らされながら、ハロウィンの夜が暮れていく。そうして、過ぎる時間を惜しむように、わたしは、そっと1つの願いを祈ってみる。――来年も、佐伯くんとこうして過ごせますように。……ハロウィンに、何か願い事を願うなんて話、聞いたことがなかったけど、それでも、願わずにいられなかった。




2011.10.31
*おしまい!
*メリー・ハロウィン、皆様どうか楽しいハロウィンを。

[back]
[works]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -