イタズラとお菓子と攻防戦(中編)
「絶対負けないから!」
「いいだろう。かかってこい」
そんな売り言葉に買い言葉で、ハロウィンの日、わたしは佐伯くんと勝負することになってしまった。ええと、お菓子の出来を。お菓子作りで“あの”佐伯くんと勝負するなんて、自分でも無謀としか思えなかったけど、一度やると決めてしまったのだから、もう、引きさがることはできない。
「よーし、がんばるぞ!」
やるからには、やっぱり勝ちたいよね!
そういう訳で、約束の日、ハロウィン当日の朝、わたしは自宅の台所で腕まくりをしていた。10月中ずっと、この勝負のことが頭にあった。これは無謀な勝負ではあったけど、わたしでも勝ちを狙いに行けるような作戦を自分なりに練ってみたのだ。
……うまくいくといいな。
そう願いながら、お菓子作りに勤しんだ。
○
ハロウィン当日は、ちょうど水曜日。珊瑚礁でバイトがある日だ。
朝に作ったお菓子を入れた手提げ袋を鞄と一緒に持ちながら、海沿いの道を歩いていたら、ターゲット発見。
「佐伯くーん」
先を歩いていた佐伯くんの元へ駆け寄る。佐伯くんはわたしの姿を認めると、不敵に笑った。にやり、という顔。
「ちゃんと用意してきただろうな?」
「してきたよ!」
ほら、と手提げ袋を掲げる。「ふうん」と佐伯くんが手提げ袋とわたしを見下ろす。
「佐伯くんこそ、ちゃんと用意してる?」
わたしが言うと、佐伯くんは鼻で笑った。むむ。
「当たり前だろ」
「じゃあ、珊瑚礁についたら、勝負だね!」
「ああ……」
佐伯くんが首元をさする。言いにくそうに言葉を濁してる感じ。
? 何だろう?
「おまえさ、今日、バイト終わってから、少し残れるか?」
「えっ?」
「いやだから、バイト前だと準備とかでバタバタしてるだろ……だから、バイトが終わってからの方がいいかな〜って……」
何だかしどろもどろな様子で佐伯くんが説明した。そっか。バイトの前だと忙しいもんね……。
「うん、残れるよ」
「……そっか。じゃあ、よろしく」
「うん! 負けないからね!」
「こっちの台詞だよ」
こつん。チョップじゃなく、こぶしの先で額を軽く小突かれた。握り拳の影から佐伯くんの不敵な笑顔が覗く。急に拳が目の前に迫ったので、反射的にきつく目を瞑ってしまった。佐伯くんが吹きだす気配がした。
「……変な顔」
「佐伯くんのせいでしょ!」
憤慨したら、楽しそうに笑う声がした。……もう!
「よし。じゃあ、バイト、急ぐぞ」
仕切り直すように響いた声に、声を上げて答えた。
「うん!」
○
珊瑚礁の中がオレンジ色に染まっている。さまざまな種類のジャック・オ・ランタンのランプ、カボチャの置き物……中には新しく最近加わったと思しき飾り付けもあるけど、その大半は、もう随分と年季の入ったハロウィンの置き物たち。
10月いっぱい、その飾りつけが珊瑚礁の中を賑わしていた。もう見慣れた光景になってしまっていたけど、それも今夜でおしまいと思うと、やっぱり少し、さびしいな。
イタズラ顔のカボチャ頭の置き物を撫でながら、そんなことを考えていたら、こつん、と頭に何か載せられた。
「ボーっとすんな」
「佐伯くん」
お盆を頭の上に載せられたまま軽く振り返る。佐伯くんは癖なのか何なのか、人の頭にお盆を載せるのが好きみたい。もう慣れたけど。
お盆が頭から退く。佐伯くんの顔がはっきり見えた。
「勝負、する?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、準備しよっか」
カウンター裏の厨房へ向かう。珊瑚礁の冷蔵庫を借りて、作ってきたお菓子をしまわせてもらっていた。冷蔵庫に手をかけたら、佐伯くんが慌てたように言った。
「いい! 俺が開けてやるから!」
「え? いいよぉ。それくらい自分でやれるよ」
「いいから!」
すごく焦った様子で佐伯くんはわたしの隣りに立つと、冷蔵庫を開けて、さっさと閉めてしまった。何だろう?
「ほら、これだろ?」
「う、うん」
差し出されたお菓子を紙袋ごと受け取る。何だか釈然としない気分。
「えっと、お皿、借りてもいい?」
「ああ、うん、どうぞ」
お皿を三枚、用意してフロアへ出た。紙袋から保存容器を取りだす。保存容器から作ってきたお菓子を取りだして、お皿に飾り付ける。しばらく集中して作業をする。ふと、気がついて顔を上げる。
「ねえ、佐伯くん」
「な、なんだよ?」
カウンターの裏で作業をしていたらしい佐伯くんが肩を震わせた。何だかビックリさせてしまったみたい。訊いてみる。
「マスターは?」
「……マスターは、先に帰ったよ」
「えっ、そうなの?」
「うん、まあ、そう……」
「そうなんだ……」
お菓子、マスターの分も用意してきたのにな。
「じゃあ、マスターの分は冷蔵庫にしまわせてもらってもいいかな? 日持ちはするはずだから」
「ああ、うん。サンキュ」
そっかぁ、マスターは先に帰っちゃったんだ……とマスターの分のお菓子の皿を見つめる。
あれ、と思った。
「準備、出来た?」
背中に声がかかった。
「うん、出来たよ」
振り向くと、カウンター越しに佐伯くんと目が合った。
さっき気づいたことを頭の中で反芻する。
……ええと、今、マスターはいないんだよね?
「じゃあ……」
ということは、今、佐伯くんと二人きりなんだ……。
「そっち、行ってもいい?」
急に気づいてしまった事実に驚いて心臓が跳ねた。
「……うん」
それなのに、訊かれて頷いてしまっていた。目の端で、ジャック・オ・ランタンのイタズラ顔が愉快そうに笑っている。淡く灯るオレンジ色の光に目がくらみそうだった。
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2011.10.31
*マスターは若い二人に気を利かせた模様です(えええ)。
*後編に続きます。どうなるどうするハロウィンナイトでございます。
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