イタズラとお菓子と攻防戦(前編)


10月になると、商店街を始めとして街並みがハロウィン一色に染まる。それは珊瑚礁も例外ではなくて……。

新しい月に入る前の日曜日。閉店後に佐伯くんは倉庫から段ボール箱を持ち出してきた。中にはハロウィンの飾り付けが覗く。――ジャック・オ・ランタンのランプ、カボチャの置き物、おばけを模した飾り付け、エトセトラ、エトセトラ……。どれも年季が入っていて、きっと毎年、この時期になると、こうして取り出してお店に飾られていたものなんだと思う。きっと、ずっと昔から。佐伯くんが子供の頃から。カボチャの置き物を手に、わたしの知らない珊瑚礁へ思いを馳せていたら、軽くチョップされてしまった。

「痛っ」
「ボーっとすんな。ほら、飾るぞ」
「はーい」

頭を撫でさすりながら立ちあがる。いずれにせよ、ハロウィンの飾り付けは、胸がワクワクするような、とても楽しい“お仕事”だった。





「……ハロウィンって、西洋のお盆みたいなものなのかな?」

ふと、思ったことを口にすると、佐伯くんは少し呆れたような顔をしてみせたのち、ややあって、「ま、大体、そんな感じかな」と頷きを返してくれた。

「違うのは、来るのが、ご先祖さまばかりじゃないってことだよな」
「文化の違いだね!」

そう言って佐伯くんの返答に相槌を打つと、今度こそ、正真正銘の呆れ顔が返ってきた。

「なーに、分かったようなこと言ってんだ、このカボチャ頭」

こつん、カボチャの飾りを頭の上に載せられた。頭の天辺をさする。すごくバカにされているような気分。
そういえば、と気になったことが一つ。

「お盆ってことは…………」
「まだそこから離れないのかよ……」
「うん」

佐伯くんの言葉に頷きながら続ける。

「ハロウィンって、つまりお化けがいっぱい帰ってくるイベントなんだよね?」
「…………まあ、そうだな」
「佐伯くん、こわくないの――――痛っ!」
「こわくない。バカにすんな」

――人のことバカにしてるのは、佐伯くんの方だと思うんですけど!

頭の天辺を手のひらで撫でさすりながら、うらめしげに佐伯くんを見上げる。目が合った途端、佐伯くんは何故か気まずそうに視線を逸らした。

「だ、大体な! ハロウィンは外国のイベントだろ? 日本じゃ関係ないだろ!」
「そうかなあ……」

そんなこと言ったら、外国の行事なのに、どうしてこんな飾り付けをしてるのかって話になっちゃいそうだけど……。

「ハロウィンのお化けなんて、全っ然、こわくない」

はっきりと、そう言い切った佐伯くんを見ていたら、むくむくとイタズラ心が起こった。

――そうですか、そんな風に言いきっちゃいますか。

「じゃあ、ハロウィンのお化けなんて全然怖くない佐伯くんは、イタズラされても平気だよね?」
「は!? い、イタズラ?」
「そう。イタズラ。Trick or Treat!って」

びし、と人差し指を佐伯くんの鼻先に突きつける。佐伯くんはたじろいだように、上半身を後ろにのけぞらせた。

「べ、別に、イタズラしてもいいけど……」

右手で、わたしから突き付けられた人差し指をやんわりと退かしながら、佐伯くんが口を開いた。

「イタズラしちゃったら、お菓子はなしだぞ」
「えっ」
「それでもいいなら、しても構わないけど?」

――イタズラ。

そう言って、佐伯くんはニヤリと笑って首を少し横に傾けて見せた。
わたしは言葉を失って、佐伯くんの台詞を頭の中で反芻する。

イタズラしたら、お菓子なし……。

「そんなの……」

――ヤダなあ……。

佐伯くんが作るお菓子は絶品なのだ。食べられないのは、ちょっと……ううん、かなり惜しいような。
わたしの反応が余程面白かったのか、佐伯くんは「残念だなあ」と笑いを含んだ声で言う。すごく楽しそう。

「せっかくハロウィン用に特別メニューも用意してたんだけど、そうか〜、いらないか〜」
「……いっ!」
「何だよ?」
「いらなく、ない、です」
「でも、イタズラしたいんだろ?」
「ううっ……」

言葉に詰まってしまう。言い出した手前、前言を撤回するのは、何だか、悔しくて仕方がなくて、言えない。
ふっ……と佐伯くんが鼻で笑う。

「俺の勝ちだな」
「…………ま、まだ!」
「“まだ”、何?」
「まだ、決まってないもん! 勝負! そうだ、勝負しよう!」
「ほお」

腕組をして佐伯くんがわたしを見下ろす。

「勝負って、何の?」
「ハロウィンの日、わたしも特別メニューのお菓子、作ってくるから! それで勝負だよ!」

声を大に宣言した。佐伯くんが片眉を上げる。

「おまえが? 俺に勝とうって? しかも、お菓子作りで?」

鼻先で笑うような言い方。否、完全に笑われている。悔しいったらないけど、佐伯くんのお菓子作りの腕はプロ級なのだ。無理もない、と思う。

「言っとくけど、百年早い」

でも、あんまりにもあんまりな言い方に流石に腹が立った。

「絶対、負けないから!」

――その高〜い鼻を折ってやるからね!

わたしの台詞に、佐伯くんは余裕綽々と言った様子でのたまう。

「いいだろう。かかってこい」

売り言葉に買い言葉。
こうして、10月31日にわたしは佐伯くんと勝負することになってしまった。正直、あまりにも無謀だった気がするけど、でも、やるからには負けたくない。

――よーし、頑張るぞ!



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2011.10.14
*ハロウィン前哨戦。10月31日に続きます。
*バカップルのつもりで書きだしたのに、ケンカっぷるになってましたおろろん。

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