きみとあーんなことやこーんなこと #2


とはいえ、佐伯くんはチョップ魔だ。そんな事実を最近、思い知ったり。

「100年後にもう一度挑戦してみろ」

そんな台詞を言い放ちながら、勝ち誇った笑顔でわたしを見下ろしてくる佐伯くんには、学校にいる時の面影なんて見当たらない。
チョップされたつむじの辺りを手のひらで撫でさすりながら、恨めしげに見上げる。佐伯くんはというと、そんな私の視線には全くビクともしない。何事もなかったかのように踵を返して、もう商店街のアーケードをくぐろうとしてる。置いて行かれそうな気がして、急に心もとない気分になった。緑がかった青色のパーカーを着た背中を追いかけようとして、足がもつれそうになる。

「行くぞ」

素っ気ない言い方だったけど、そう言われた。背中ごしに首だけ振り向いた佐伯くんの顔を見上げると、佐伯くんは怪訝そうに眉を顰めた。『何だよ?』とでも言いたげな顔。――ううん、何でもない。何か言葉を口にする代わりに、足を動かして、先を行く佐伯くんの隣りに並んだ。佐伯くんが気だるそうに言う。アーケード内のお店に目を留めながら。

「なんか店で使えそうなのあったら、教えろよ」
「うん」

そもそも今日、ここに来た理由がそれなのだし。
頭一つ分ほど、確実に背の高い佐伯くんの隣りに並びながら、先日のことを思い出していた。今日、こうして佐伯くんと商店街に来た発端のことを。





佐伯くんは、学校では“みんなのプリンス”として有名だ。
頭が良くて格好良くて、みんなに優しい。藤堂さんはそんな佐伯くんのことを『文武両道、才色兼備』と言った。『何かと目立つヤツ』とも。確かに、と頷いてしまう。というのも、放課後、下校途中に校門の前で女の子たちに囲まれている困り顔の佐伯くんの姿だとかを目にしたことがあったので。
そんな表の顔を持つ佐伯くんには裏の顔……もとい、秘密があって、それは佐伯くんのアルバイト先である喫茶珊瑚礁に関することだったりする。入学式当日の朝、道に迷って、珊瑚礁に辿り着いたわたしは偶然佐伯くんの秘密を知ってしまった。
佐伯くんは学校の誰にも内緒で珊瑚礁でアルバイトをしている。珊瑚礁は佐伯くんのおじいさんのお店で、海辺の灯台の横にある青い屋根の素敵な喫茶店。お店にはいつも波の音とクラシックギターの音、それから珈琲の良い香りが漂う。
とても素敵なお店。この街に……羽ヶ崎に引っ越してきて、ちょっとしたきっかけから、初めてお店の中に足を踏み入れた時、そう思った。初めて見た瞬間から、好きだなあと思ってしまった。珊瑚礁はそういうお店だった。
けれども、あれからお店に行ったことは無い。

『今朝のことは誰にも言わないように』

高校の入学式当日、佐伯くん当人から固く、そう言付けされたので。何となく、あまり触れて欲しくない話題、同じ学校の人間には行ってほしくないのかな、と思ったので。

「そろそろ桜も終わるな」

下校途中、佐伯くんが呟いた。
帰りがけ、佐伯くんの姿を見かけて、『一緒に帰らない?』と声をかけてみた。眉を顰めた佐伯くんの顔を見て、『これはダメかなあ』と思ったけど、佐伯くんは「別にいいけど」と言ってくれた。そういう訳で、一緒に帰っている。何だから不思議な感じ。
先の佐伯くんの台詞を聞き返してみる。

「桜?」
「そろそろ時期も終わりだろ」
「うん、そうだね」

頷きを返す。そういえば、今年はお花見出来なかったな。引っ越しと入学で何だかバタバタとしてしまって、あっという間に時間が過ぎてしまった。

「桜の次は何がいいかな……」

考え込むように視線を空に巡らせながら、佐伯くんが言った。

「桜の次?」

さっきからわたしは聞き返してばかりな気がする。佐伯くんは心ここにあらずといった様子で頷きを返す。

「桜の次に来る季節のもの。何か無いか?」
「ええと……」

頭の中でカレンダーを思い描いて、何か無いか考えてみる。

「端午の節句、とか?」

いわゆる子供の日。兜に鯉のぼり、柏餅、とか。
わたしの返答に、佐伯くんはさも呆れたように見下ろしてくる。

「バカ。そんなの飾れるか」
「そうかなあ? 五月が近くなったら飾らない?」
「一般家庭なら、そうだろうけど、店には飾らないだろ。わざわざ」
「お店?」

聞き返すと、『何だ、そんなことも気づいてなかったのか』とでも言いたげな視線が返ってきた。

「そう、店に飾るヤツ」
「そっか、お店の話かぁ……」

明後日の方向に目をやりながら、佐伯くんは「何か良いの、無いかな」と呟く。ほとんどため息のような声。珍しく困ってるのかな、と思う。その割に楽しげでもあるような。悩むのが、考えを巡らせるのが楽しい、みたいな。

「ね、佐伯くん」
「なんだよ?」
「今度のお休み、商店街に行ってみない?」
「……なんで?」

佐伯くんは、ほとんど警戒してるような顔でわたしを見つめてくる。

「お店に飾れそうなもの、見に行ってみない?」

考えても良い案が思いつかないなら、実際に見に行ってみるのが良いんじゃないかな、そう思ったので。

「そうだな……」

考えるように佐伯くんが目を伏せる。頬に落ちた影を見て、睫毛が長いんだなあ、と思い至ったり。そういえば、佐伯くんが端正な見た目をしていることを思い出す。普段、わたしの前で見せる態度振舞いもあって失念しがちなことではあったけれど。

「それも、いいかもしれないな」

顔を上げて、佐伯くんが言った。

「それじゃあ、日曜日、駅前広場で待ち合わせで良い?」
「ああ、そうだな」

そういう訳で、わたしたちは日曜日の朝から待ち合わせをして、商店街のアーケード下を歩いている。

ふと、真剣な顔で店先の籠に並ぶ、ガラス製の置き物を物色する佐伯くんの横顔を見つめてしまう。そこには学校での、周りを囲む女の子たちに向かって見せる“プリンス”の面影はあまり見当たらない。
けれど、わたしにとって佐伯くんはそういう人だ。学校での印象よりも、お店の店先で見せられた店員さんとしての顔と、その後、入学式前に連れ去られた校舎裏でのぞんざいな態度。そっちの印象が、どうしたって強い。
そうして出会って、秘密を知られて以来、佐伯くんはわたしの前では素の顔を見せることに決めたらしい。わたしの前でだけ態度が違う。わたしの場合、みんなにとって見慣れた姿、“プリンス”なんて言われてしまうような側面は余り見たことが無い。学校での佐伯くんは、間違っても、待ち合わせ先で、待ち合わせ相手にチョップをしかけてきたりなんてしないだろう。例え、その相手が佐伯くんを驚かせようと物陰に隠れていたとしても。

何となく、今朝チョップされたつむじの辺りが疼くような気がして、また手のひらでさすってみた。「なあ」と声をかけられた。顔をこちらに向けないまま、佐伯くんが聞いてくる。

「どっちがいい?」

同じガラスの置き物。カットグラスが日の光を受けてキラキラと輝く。……どちらも同じに見える気がするけれども。

「えっと……右?」

ほとんど感のようなもので、指をさしてみる。「だよな」と意外な返答が返る。

「俺もこっちのが良いと思った」

その瞬間、佐伯くんが浮かべた顔は正真正銘の笑顔だった。お店の店員さんとしての笑顔でも、学校で見せる“プリンス”としての笑顔でもない、年相応の同じ年ごろの男の子の顔。でも、心からの笑顔といった風で、わたしは目を離せなかった。

レジに向かった佐伯くんを待ちながら、ふと考え込んでしまう。置いて行かれてしまった籠の中のガラスの置き物が光を反射してキラキラと目に眩しい。
佐伯くんの裏と表の顔……。表は学校での佐伯くん。裏の顔はお店での佐伯くん、それとも、わたしの前で見せる、素の佐伯くん。
けれど、と思ってしまう。
わたしには裏と表、逆に見える。初めの頃から、わたしには、佐伯くんは佐伯くんだ。少しぶっきらぼうで、でも、年相応の男の子と変わらない、素の顔。学校でのタテマエの顔の方が、わたしには見慣れない顔だ。
ついさっき見た、いっそ無防備に思えるくらいの、佐伯くんの笑顔を思い出しながら、そんなことを考えていた。何だか頭が混乱してしまうことだなあ、と思う。



2011.09.23
*まだ出会ったばかりの頃のこと。例の春の繁華街地区のイベントの話。
*引き続き、もだもだしながら3に続きます。

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