きみとあーんなことやこーんなこと #1


何で、あんなこと言ったんだっけかな、と思う。思うけど、言ってしまったことは言ってしまったことだ。無かったことにはならない。……まあ、口が滑ったんだ。……と、思う。



たまたま通りかかったガソリンスタンド前。赤い制服に、似たようなデザインの帽子を被っているせいで顔ははっきりと見えないものの、その従業員の姿には見覚えがあった。コマネズミのように、ちょこまかと立ち働く姿とか、帽子から覗く例の茶色い髪の毛だとかに。
ふと、そいつは顔を上げた。案の定の相手。目が合った途端、パッと笑顔になって、跳ねるように駆け寄ってきた。……あれだ、これは人間というより、人懐っこい子犬か何かに似てる、絶対。後ろにしっぽがくっついていないのが不思議なくらい。

「佐伯くん、どうしたの?」

駆け寄ってきて、あっという間にこっちの懐に入り込んできた相手は……もとい、あかりは小首を傾げるようにして訊いてきた。別に、と答えておく。

「たまたま通りかかっただけ」
「そうなんだ」

相手はというと、やたらと嬉しそうにして、にこにこと笑っている。……何がそんなに嬉しいんだか。偶然会えたことに? 何を馬鹿な、と思ってしまう。改めて目の前の赤い制服姿の相手を見下ろす。上から下に。下から上に。ガソリンスタンドの制服が全然似合っていない。子供が制服に着られているような印象。何だって、ここでバイトをしてるんだか。そんな取り留めもないことを考えていたら、目の前の黒目がちなニ対の目が不思議そうに見上げてきた。人懐っこい小動物によく似た目。

「佐伯くん?」

もう一度、小首を傾げるようにして、赤い制帽から覗く茶色い髪が頬の横で少し揺れる。その髪が西日に照らされて眩く光る。輪郭線が透けるような色になって、きらきらと目に眩しい。そんな色を、確か、いつか見たことがあったような気がする。しかし、どこで? 不思議なことに酷く懐かしい気がして、内心慌てた。もう一度、今度は怪訝そうな様子で「佐伯くん?」と名前を呼ばれた。迂闊な事を喋り出さないように、それから、内心の動揺を悟られたくなくて、咄嗟に口走っていた。

「あんまり近づくなよ」

あかりが二三、瞬きをする。何を言われたのか、分かっていないという風に。
畳みかけるように、もうひとつの台詞を付け加える。

「油がつきそうだ」

……。
沈黙。無理もない、と思う。思うけど、言ってしまった。口が滑った。
あかりはというと、さっきまでの笑顔は綺麗さっぱり消えて、あからさまに、しゅんとしている。急に花が萎れてしまったような印象。流石に言い過ぎた気がして、声をかけようとした瞬間だった。

「……!?」

顔のすぐ横を何か飛んでいった。危うく頬をかするようなギリギリの距離。一体何だ、と後ろを振り返る。“ご自由にお使い下さい”と書かれた籠が、ぐらぐらと揺れている。まるで、何かぶつかったか、もしくは……。

「……ああ、悪い」

後ろを振り向いた後頭部に向け、地獄の釜から響いてくるような低い声が突き刺さった。決して刺さるような鋭い口調ではなかったのに刺さったように感じた。これは殺気としか言いようがない。
まるで蛇に睨まれた蛙といった気分。おそるおそる振り返った。声の相手はやっぱりあかりな訳はなくて、

「おしぼりの補充をしようと思って、さ」

そんな風に嘯くのは、確か、藤堂とか言う名前だったと思う。女子にしては上背があって、あかりと並ぶとデコボコした印象でちぐはぐな組み合わせに見える。その藤堂は台詞の通り白いおしぼりを手に持っている。あかりが声を上げる。

「……すごいね、竜子さん! あの距離から、おしぼり籠におしぼりを入れちゃうなんて!」

まるで状況を説明するみたいに、そんな台詞をまくしたてる。ご丁寧に目をキラキラと輝かせて。
そういえば、この二人は仲が良かったのかな、と思う。学校でよく一緒にいるのを見かけたことがある。そうか、バイト先が同じだったのか、なんて、そんなことを思ったり。
……そんなことを考えている場合じゃなかったけど。

「悪いね。アンタにぶつかるところだったろ?」
「ううん、平気だったよ」

……そうか、平気か。悪いが、俺は全然平気じゃない。今だって口調こそ穏やかで、内容も決して責めるものではないのに、居たたまれない。切れ長の目がまるで猛禽類の目に見える。
多分、さっきの台詞を聞かれていたんだと思う。でなきゃ、この殺気の説明がつかない。何の理由もなしに、ここまでの牽制を受けるとも思えない。

「……アンタは?」

猛禽類の目が向けられる。釣られたように小動物めいた目が振り返る。きょとんとした顔。こいつはお気楽でいいよな、と思う。さっきの八の字に下がった眉を思い出して、いやこれは自業自得だろう、と思い直したり。

「大丈夫、です」

なんで敬語なんだか。……いや、何となく。おしぼりみたいな軽いものをまるで硬球めいた速さで、しかも正確な弾道で所定の位置に投げ込むことが出来るような相手と真っ向から対立する気には、とてもなれない。

「そうかい」

そんな風に言って目を細めた相手の目は、やっぱり笑っていない。これは明らかに敵視されてしまった予感がする。何ともぞっとしない話。
間に立つ、元々の原因であるところのあかりは何が巻き起こっているのか、よく分かってないような屈託のない笑顔を相変わらず浮かべて、俺と藤堂を交互に見つめている。ちょこまかと移動を繰り返すつむじにチョップをして動きを止めてやりたい気分。……そんなことをしたら最後、藤堂からまたおしぼりを、今度は籠じゃなく顔めがけて投げつけられそうだったから、しなかったけれど。


→2


[title.にやり様/2011.09.18]
*親友竜子さん、ガソスタデイジー、佐伯くんは普通。そんな三つ巴関係。
*続き物です。もだもだっともどかしい感じで続きます。

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