会いにいくまぼろし #6
「ありがとうな、これ。その、気持ちは、嬉しいから」
「佐伯くん……」
――佐伯くん。今はもう呼ばれなくなって久しい呼び方。この妙な夢が始まってから続いてる違和感の正体。呼ばれるたびに、違和感と、少しの郷愁を誘われる。
「……そう言ってもらえると、嬉しいな」
「あかり……」
「やっぱり、喜んでもらいたかったから」
――あまり好みじゃないプレゼントだったみたいだけど、なんて言って眉を下げて笑っている。心臓が締め付けられるような、あるいは、妙に甘ったるいような気分。
ほとんど照れ隠しみたいな心境で箱に詰まった缶コーヒーを指さす。ところで、一人分には随分多い量。これ、お歳暮用とかの箱詰めじゃないか。もしかして。
「どれがいい? コーヒー」
「ええと……じゃあ、モカ!」
「はいはい、これな?」
「ありがとう」
「……何か、変な感じするな」
「どうして?」
「だって、元々おまえからもらったヤツなのに」
何で俺が礼を言われてるんだか。あかりがくすくす笑いながら「お裾わけありがとうって意味だよ」と缶コーヒーを受け取る。自分も無糖のブラックを選んでから給水塔に背中を預ける形で座り込む。あかりも横に習うように隣りに座った。缶コーヒーに口をつけながら、あかりが呟いた。
「今日ね、もしかしたら佐伯くんに会えないかもって思ってたんだ」
「……なんで?」
「朝の通り、女の子たちに囲まれて忙しいかな〜って」
「おまえな……もう少し言い方を考えろよ」
「ゴメン。でも会えて、こうしてプレゼントも渡すことが出来て、良かった」
顔を上げて笑いかけられた。無防備な笑顔。記憶の中の笑顔とあまり変わらない笑顔。
「さっき教室で女の子たちが出て行った時、今日はもしかして、一日中あんな感じなのかなあって思ったから。女の子たちが戻ってくる前に、用意したプレゼントを渡した方がいいかなと思って。それで紙袋も、こうして持って来れたんだけど……こういうの何て言うんだっけ?」
「何が?」
「ことわざで。ええと、弘法も筆の誤り?」
「全然違うだろ。良くて、怪我の功名だろ。この場合」
「そっか……うん、そうだね、怪我の功名だ。ね、佐伯くん」
「何?」
「お誕生日、おめでとう」
あかりの髪の色より色彩が濃い虹彩が、屋上の明るい空の下のせいで明るいブラウンに見えた。日の光を受けてやたらと綺羅綺羅光る。その二つの目で真っ直ぐに見つめられていた。
「……ありがとう」
誕生日なんて、高校の頃はその他の雑事と一緒で、どうでも良い行事の一つだったんだ。むしろ煩わしいことだったのに。いつからだったかな。そういう訳でもない、って気づいたのは。
『佐伯くん、はい、これ! 誕生日プレゼントだよ』
いつも屈託のない笑顔とセットで誕生日プレゼントを手渡された。思えば、毎年だった。とんちんかんなプレゼントなこともあったけど、いつも笑顔と一緒に渡された。そこに悪意なんてあるはずもなくて。あんな風に、祝われるなら、悪くないかなって。むしろ……。
「あのさ」
「ん、何」
「これ、大事にするから」
横に置いた紙袋と箱を指さす。あかりは箱詰めを見つめて、少し首を傾げるように考える素振りをしてみせた。
「……出来れば、賞味期限以内には飲んでほしい、かな?」
「まあ、それはそうだけど……」
だから、食べ物系のプレゼントってダメなんだ。後に形が残らないし。飲んだり食べたりしたら、終いじゃないか。これが置き物とかだったら違うのに。この際、妙な柄のマグカップでも文句は言わない、かもしれない。いやでも……。
「……あかり」
「ん、何?」
「いっこ、お願いがあるんだけど」
「なに?」
屈託のない笑顔と黒目がちな目が二つ。記憶通りの顔。見てたら思いだした。この笑顔が好きだったなあって。何が無くても、この笑顔があれば、って。
喧嘩をして、ずっと会えなくて燻っていた気持ちが嘘みたいに引いてく。腑に落ちるみたいに分かった。ただ、分かった。会いたかったんだ。顔が見たかった。笑顔が見たかった。
「肩、貸して」
「肩?」
小首を傾げて聞き返してきたあかりの肩に頭を預けた。うろたえたような声が耳元をくすぐる。
「さ、佐伯くん!?」
「少し、休ませて。時間が来るまで」
「う、うん……」
緊張してるのか、強張っていたあかりの体の力が抜けて、頭を乗せやすくなった。息を詰めたような気配がするけど、それも次第に和らいでいく。今は驚くほど静かな気持ちでいられた。何を下らないことにこだわっていたんだろう。ただ会えれば、それでよかったのに。
――会いたいな。
おかしなもので、横にあかりがいて、肩まで借りているというのに『会いたい』と思ったとき頭に浮かんだのは、いま横にいるあかりの方じゃなかった。これも本当に単純なことで、今更過ぎること。会いたいのは、“今の”あかりだ。色んな思い出を共有してきたはずの、あいつだった。
……会いたいな。
もう一度、頭の中で呟いた。まるで答えるみたいに、横から声がした。
「おやすみなさい、瑛くん」
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