会いにいくまぼろし #5


「疲れた……」
「お疲れ様」

心の底からため息をついたら、隣りから苦笑交じりの声が返ってきた。あかりが眉を下げて笑っている。主観的には何一つおかしいことなんて無いのに、この笑顔なら許せる気がするから不思議なものだ。

それにしても本当に疲れた。何て言うか、ここ最近味わっていなかった類の疲労感。愛想笑いってこんなに疲れるものだったんだなって今更気づく。本当に今更に。

まだ始業時間まで少し時間がある。あかりと屋上に逃げ込んでそのまま隠れているけど、時間が来るのがすごく気鬱だ。もしかして今日一日、あんなテンションの女子たちの相手をしなきゃいけないのだろうか。考えたくもないけど、嫌な予感ばかり頭を過る。

大学に入ってからは、高校の頃ほど周りに“いい顔”をする必要が無かったから、こういう気遣いとか気苦労は本当に久々だった。すごく肩が凝った気がする。首を回していたら、もう一度、労わりの声がかけられた。

「お疲れ様、佐伯くん」
「まあな……ホント、お疲れだ」
「それじゃあ、はい! 疲れた佐伯くんにプレゼント!」
「えっ?」

がさり、と紙袋ごと荷物を差し出された。改めて、目の前の相手の顔をまじまじと見つめる。

「な、何?」
「……おまえ、どこに隠し持ってたんだ。こんな紙袋」
「隠し持って何かないよ? いらない?」
「いや、いらない訳じゃないけど……」
「はい、どうぞ」

口だけじゃなく『どうぞ』と目で言われて、紙袋を受け取る。結構重い。やっぱりどこに隠し持ってたんだと思う。こんな嵩張る紙袋。中身を確認してみる。

「…………」
「佐伯くん、コーヒー好きだから」

だからって、これか。缶コーヒーの詰め合わせ。――これをもらって、俺はどういう顔をしたらいいんだよ? そんな風に詰りそうになったけど、堪えた。いやだって、折角選んでくれたんだし。

「……気に入らなかった?」
「いや、ありがとう」

何とか言葉を呑みこんで言う。

「あとで一緒に飲もうな?」
「えっ、いいの?」
「ああ、うん。だって、一人でさばき切るのキツ……あっ」
「…………」

沈黙。墓穴掘ってどうするんだ、俺……!

「いや、今のは、口が滑っ……いや、違う……!」
「…………」
「悪い、そういうつもりはなかったんだけど……」
「………………ふふっ!」
「えっ?」

ショックを受けて黙り込んでいるのかと思ったけど、違った。くすくす笑いが堪え切れないのか、あかりは笑い転げている。

「…………ご、ごめんね、でも、佐伯くん、正直すぎるから……!」
「…………笑い過ぎだろ」
「だから、ごめんってば」

気を使って言い繕うとするとボロを出すわ、あかりには全部見抜かれてるわで、散々だった。でも、こうやってあかりが隣りで笑っているのを見ると、どうしようもなく和んだ。本当にどうしようもない話。

「缶コーヒー、ダメだった?」
「いや、コーヒーは好きだけど……缶コーヒーはあんまり」
「そっか。今度からは気をつけるね」
「うん……」

――今度、か。そういえば、このやり取りはしていない。高校当時の俺は、このNG選択なプレゼントに正直な感想を伝えてあかりを困り顔にさせていたからだ。それ以上、話が進んだりすることは無かった。今度。当時の俺が聞いていたら、嬉しかった台詞だと思う。だって、将来を約束するような言葉だ。あの頃は、あかりの些細な言葉で一喜一憂してた。それはまあ、今も、ではあるけど……。

いま隣りにいるあかりは意気消沈したような悲しそうな顔はしていない。記憶と食い違う部分。そうか、こうすれば良かったのかって思わなくもない。……何て言うかもう手遅れではあったけど、今頃分かった。頑なにならないで、少し折れる、とか、相手の気持ちをはかるべきだったんだ。幾ら、好みじゃなくても。だって、一生懸命、俺の好みを考えて選んでくれたものだったはずだから。

「佐伯くん?」

そしたら、あの三年の夏もあかりはこうやって笑って隣りにいたのかもしれない。そう考えたら、堪らない気持ちになった。



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