会いにいくまぼろし #3
いやでも、これは違うだろうと思う。いくら会いたくても、こっちじゃないだろうと。
というか……。
「佐伯くん?」
例によって小動物めいた目が見上げてくる。髪はまだ短いまま、高校の頃見慣れていた丈。肩までの長さに落ち着いて、それに見慣れた今となっては、この長さに懐かしさを覚える始末。不思議そうに見つめ返してくる高校生姿のあかりに手を伸ばす。頬に手を当てて、
「……!?」
取りあえず、頬を摘まんでみた。両サイドから。……おお、よく伸びる。
「な、なにひゅるの!」
「いや、痛いかな〜と思って」
「ひひゃいよ!」
「そうか、痛いか……」
ぱっと手を離す。頬を手でさすりながら、あかりが恨めしげに見上げてくる。
「佐伯くんのいじめっこ……」
「いじめじゃない、確認だ」
「確認って?」
「まだ寝ぼけてんじゃないのかなって」
「……寝ぼけて?」
あかりが素っ頓狂な声を上げる。
「それは……わたしがってこと?」
「いや、俺のこと」
「じゃあ……」
「……何だその手は」
「佐伯くんが寝ぼけてないか、わたしが確かめてあげようかと思って」
「いらないから」
わきわきと怪しげに指を動かすあかりから距離を置く。しかし……いい加減、はっきりしすぎた夢だな、と思わなくもない。長いし。触感とかも、やたらリアルだし。こんなふざけた状況が現実だなんて、そんな頭が痛い可能性は信じたくない。
「今日はため息が多いね」
「……まあな」
「幸せが逃げちゃうよ?」
「別に、信じてないし、そんなの」
「でも、今日は……」
あかりが何か言いかけた瞬間、教室の扉が開いた。次いで、黄色い声。
「あーっ、佐伯くん、もう来てる!」
「ってか、ヤバイ! メガネしてる!」
「ホントだ! ちょっと、みんな呼ばなきゃ!」
いや、呼ぶな。呼ばないでください、お願いします。バタバタと仲間を呼びに行ったらしい足音に背筋が粟立つ。これはまず間違いなく逃げた方が吉だ。
気遣わしげな声が背中越しに聞こえた。
「……佐伯くん」
「……あかり」
振り返って確認すると、声を裏切らない心配げな目が二つ。目を合わせたまま言う。
「俺は逃げる」
「うん」
あとはよろしく、と言いかけて、やめた。高校の頃の俺なら多分、そう言った。あかりを残して、女子の追求に何か適当な理由をつけて落ち着かせてくれ、みたいなことを。
「佐伯くん?」
――残していく? あかりなら別に気にしないだろう。高校の頃はそう考えてた。でも……、
「えっ? 佐伯くん……!?」
あかりの手を取って歩き出した。困惑気味の声に言い訳代わりの台詞を返す。
「急げ。見つかったら面倒だし」
「でも……」
「いいから、早く」
まだ何か言いたげにしているあかりの手を引っ張って教室を出た。元々、夢だ、くらいの意識もあった。それもあったけど、もう高校の頃とは何かが違ってしまっていた。物事には優先順位というものがあるし、この場で優先すべきことと言ったら、手の中のちっぽけな手の持ち主以外になかったので。遠回りもしたけど、ようやく手に入れたものを、もう手放すつもりはなかった。
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