会いにいくまぼろし #2
予想した通り、帰ってきた部屋の中は真っ暗で蒸し暑くて仕方ない。窓を開けるか、クーラーをつけるか迷って、結局後者にした。夜だし、窓を開けっ放しにする訳にもいかないだろうし。
それでも、電気をつける気にはならなくて、部屋を暗くしたままベッドの横に座り込んだ。何だか、すごく疲れた気がする。体の疲労よりも、徒労感が強い。何であんなこと言ったのかな、とか、何で今、こんな思いをしてなきゃいけないのか、とか、そういうことが頭の中でぐるぐると廻る。ずるずると思考に引きずられる様にして、膝に額をつけた。それで、そのまま……寝てしまった。泥に沈むような寝入り方。
「……くん、………くん!」
「んん…………」
ぺしぺし。誰か、肩を叩いてる。声も。誰か呼んでる。誰だ、なんてことより、もう少し寝かせろよ、疲れてるんだよ、もう若くないんだよ、と元気が良すぎる声に向かって抗議したくなる。
「起きて、起きて!」
「何でだよ…………」
「何でだよ、じゃないよ! みんな来ちゃうよ?」
「みんな……?」
――みんなって誰だよ?
俄かに不思議に思って、漸く顔を上げた。……やたらと眩しい。きらきらとした光が急に目の中に入ってきて、目を細めた。
「わっ、目つき悪い!」
「余計なお世話……」
さっきまで真っ暗だったのに、何なんだ、この明るさは。もう朝なのか? いやそんなの、幾らなんでも早すぎるだろう……。
「はい、メガネ」
「メガネ……?」
「見えないでしょ? かけないと」
……そういえば。
てっきり眩しいせいで、目が見えないんだと思ったけど、目が明るさに慣れてからも、目の前がボンヤリとして全然見えない。目の前のヤツの顔もボーっとして、ぼやけている。そっか、俺、いま裸眼なのか。やっと納得する。目の前に差し出されているらしい、薄ぼんやりとした黒っぽいものを受け取って、かけた。……それで、改めて、ビックリした。
「……あかり!?」
「はいはい、わたしですよ?」
とぼけたような笑顔と切り返し。小首を傾げるようにして、あかりは「佐伯くん、寝ぼけてる?」と訊いてくる。いや、いや、そうかもしれないけど、そうじゃなくて。
「えっ、何でおまえ、そんな格好なの!?」
「格好? えっ、わたしの格好、何か変?」
「いや、変かっていうと、変じゃないけど……でも、おかしいだろ?」
あかりの格好。白いボレロ風の上着、薄いブルーのワンピース、見覚えがありすぎる格好だった。何より目を引いたのは……上着の肩につけられた校章。それでもう、ようやく分かった。思い知らされた。……これは制服だ。それも、羽ヶ崎高校の。
「何で制服なんか着てるんだよ!?」
力いっぱい突っ込んだ。きょとん、とした顔であかりが見つめ返してくる。
「だって、高校生だもの」
「えっ」
「変な佐伯くん」
そう言ってにっこり笑う。冒頭と違って、からかっている雰囲気は全然ないから、そんな風に言われると、まるで俺がやっぱり寝ぼけているような雰囲気。
「でも……」
――おかしい、こんなの、おかしい。だって、俺が知っているあかりはもう高校を卒業してて、今は大学生で、正直、高校の制服姿なんて、ここ数年アルバムの中でしかお目にかかったことが無い。いや、別に今でも着てほしいとか、そういうことを言ってる訳じゃ断じてないけど……。
そこで、自分の姿が不意に目に入って、総毛立った。シャツにスラックス。確かに、バイト帰りで、似たような格好をしていた。けど、ワイシャツは半袖じゃなかった。バイト着のワイシャツは長袖。今の俺は、二の腕の半分まで肌が見えている。改めて、今の格好を確認して、ウソだろ、と思った。実際に口に出していた。
「ウソだろ……」
「何が?」
あかりが不思議そうに聞き返してくる。いや、正直に答えられる気はしない。だって、こんなこと、どうやって説明したらいいんだよ?
俺が今着ているシャツは学校指定のワイシャツだった。つまり、俺も制服姿。メガネをかけ直して、周りを見回す。見慣れた、でも、懐かしさを感じさせる教室の光景。何てことだ、と思う。別に二人してコスプレしてる訳じゃなさそうな予感。
「あのさ、あかり」
「ん、何?」
「……今って、いつ? その、西暦込みで」
「ええっとね……」
あかりが制服のポケットから携帯を取り出す。……これにも、改めて、なんてことだ、と思ってしまう。今、あかりが使っている携帯じゃない。ご丁寧にも、高校の頃、あかりが持っているのをよく見かけた機種。
あかりが二つ折りの携帯を開いて、俺に向かって待受け画面を披露する。
「2008年7月19日だよ?」
「マジかよ…………」
思わず呟かざるを得ない。夢なら覚めてほしい。というか、こんなバカな話、夢じゃなきゃ一体何だって言うんだ。
「マジだよ、マジ」
俺の悪態の何がそんなにおかしかったのか、あかりがくすくすと笑っている。ああクソ……夢なのに、ものすごく、かわいい。始末に負えないことに、久々に会えたあかりに見惚れていた。やっぱり、結局のところ、すごく会いたかったんだ。夢でも。今の姿じゃない、高校の頃の姿でさえも。
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