mission failed


「……あっ!」

財布を開けて中身を確認した途端、少女は悲鳴を上げた。……お金が足りない。そういえば今月は色々と出費が多かった。怪訝そうに少女を見つめるレジ前の店員に詫びて少女は店を後にした。お金が無ければ買えない。本当に当たり前のことが身にしみた。





「どうした? 湿気た顔してんな」

確かにそんな顔をしていたんだろう。背中に投げかけられた台詞の内容ほど、声は乱暴じゃない。振り返って少女は少年の名前を口にした。

「ハリー……」
「って、マジで落ち込んでんな。何かあったのか?」

実は……と打ち明けられた話を皆まで聞いて少年は頬を掻いた。

「あー……っと、力になってやりてぇけど、オレも今月厳しいんだ」
「男らしくないね、のしん。そこはドーンと“オレに任せろ!”って言ってあげる場面だろ?」
「んじゃあ、イノがフェス代立て替えてくれんのか?」
「そこはアレだよね。話が別っていうか。ま、フェスは諦めなよハリー!」
「おまえってヤツは!」
「い、いいの、ハリー、井上君!」

二人の喧嘩に見えなくもない言い合いの間に少女が割って入る。元より個人的な問題であって、助けてもらう訳にもいかなかった。助けてもらったら意味が無い。そうだ、というように赤毛の少年が声を上げた。

「最終手段があるぜ!」
「最終手段?」
「わあ、碌でもない予感」
「うるせえ! プレゼントが買えないなら、ホラよくあるだろ、『わたしがプレゼント!』とかって…………おい? あかり? ちょ、待…………冗談だかんな!?」
「あーあ、走って行っちゃったよ、あの子」





その日、少年は一日そわそわしていた。例年であれば、そんなことはない。むしろ一年の中で最も煩わしい一日だったのに、一人の少女の為に忌々しい日は別の意味で落ち着かない日になってしまった。
見慣れた茶色の頭を教室の入り口から、ちょこんと覗かせて少女が少年を手招きしている。

「……佐伯くん」
「あ、あかり……! どうした?」
「あのね、ちょっといい?」

――勿論だとも! 二つ返事で頷きたいのを抑えて、努めて冷静を装う。少女は少年を屋上に誘った。去年と同じ場所。今年は、その上、給水塔の上に彼を誘った。誰からも死角になる場所だ。少年も人目につくのは避けたかったので、少女の提案に乗ったものの、どこか違和感も無い訳でもなく。

少年の先を歩いていた少女が振り返って「瑛くん、お誕生日おめでとう」と言った。後ろ手に隠していた紙袋を取りだす。中から出てきたのは少年にも見覚えがあるヌイグルミだった。

「カピバラ……?」

他でもない少年が少女の誕生日にプレゼントしたもの。

「瑛くん、カピバラが好きみたいだったから」
「いや、別に、そういう訳じゃ……」
「でも男の子にヌイグルミも変だし、瑛くん、疲れてるみたいだし……だから」
「うん?」
「プレゼントは、わたし……ってダメ、かな?」

何だそれは。
反射的にチョップしたくなったのを堪える。もっと強かった欲望も何とか堪えた。頷いたら、駄目だろ……相手は天然ボンヤリ。きっと言葉そのままの意味なんかじゃない。その証拠に相手は言葉を続けている。

「カピバラの代わりだと思って、モフモフしていいよ?」

小首を傾げてそんなことを言う。いや、モフモフって、おまえ……そっちかよ、そっちの方面かよ、つくづく、期待を裏切ってくれる奴だな本当に…………言いたいこと、したいこと、色々なことが少年の頭を駆け巡る。少女が一歩前に踏み込む。距離が近い……近すぎる。少年は身の危険を感じた。どちらの、というのはこの際不問に付しておきたい。

「……瑛くん?」

少女の黒目がちな目が物問いたげに少年を見上げてくる。胸の前で抱え込んだヌイグルミのつぶらな瞳に似ていなくもない双眸にジッと見つめられて、言葉が詰まった。葛藤、欲望、逡巡、抵抗、その他諸々を全部飲み込んで、少年は少女の背中にそっと腕を回した。手は添えるだけ。





「おい、佐伯!」
「何だよ、針谷」
「あ、あのよぉ……今日、おまえ誕生日なんだっけか?」
「そうだけど……それがどうかしたのかよ?」
「あれか? あかりから、プレゼントってもらった?」
「もらった、っていうか、何て言うか…………」
「……どんなプレゼントだった?」
「何でそんなこと言わなきゃいけないんだよ?」
「まさか、言えないタイプのプレゼントだったりしないよな?」
「……おまえ、何か知ってる?」
「実は…………」

 ・
 ・
 ・

「何だよ、あれ、おまえの入れ知恵だったのかよ……」
「すまん」
「だよな。あいつにあんなアイディア思いつくとも思えないし」
「あいつ、まさか本気するとは思わなくて……」
「……乗らなくて良かったホントに」
「えっ、それってあかりに?」
「えっ、おまえ、何言ってんの!?」
「えっ、おまえこそ、何でそんな動揺してんの?」




2011.07.25
*これは ひ ど い !!!(本当に!)
*公開を躊躇われるレベルですが、貧乏性のなのでもごもごもご……。
*佐伯くんのお誕生日おめでとうアナザーver.でした。こんなんあかんー。
*僕が一番失敗してるって分かってます(……)
*あと井上くんをいろいろ間違えてました(ハリーの呼び方とかとかとか)

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