真夏のデート #2


「……おまえのせいで、恥かいた」
「わたしのせいなの?」
「おまえが余計なこと言い出すからだろ」
「何よ、もう!」

売り言葉に買い言葉。分かってる。本当はあかりだけのせいじゃないことくらい。ただ、いつもの調子で口が滑ってしまって、結局こんな風だ。手は繋いでいない。

怒って一歩先を歩く茶色い頭のつむじの辺りを見つめる。……別に、手を繋ぎたい訳じゃないし。ただ……何だって折角一緒にいるのに、こんなぎすぎすした空気にならなくちゃいけないんだろうと思う。そうして、気づいた。周りのおどろおどろしい空気に。ぎすぎすした空気が吹き飛ぶくらい不気味なライティング、生ぬるい空気、一体どこから聞こえてくるのか、断末魔の悲鳴みたいな恐ろしい声。

「あかり……」
「何?」
「あんまり離れるなよ……あ、危ないだろ……」
「別に危なくなんて…………て、瑛くん?」
「何だよ?」
「な、何って……その、近い、よ?」
「くっついてないと危ないだろ……」
「く、くっついてる方が危ないと思うんだけど……」

あかりがもたもたと歩きにくそうにしてる。暗闇のせいで足がもつれそう。

「瑛くん、ね、瑛くん」
「何だよ」
「やっぱり、手繋ぐ?」
「繋…………がない」

茶色の後ろ頭越しにため息が聞こえた。つむじしか見えないけど、どんな表情をしてるのかは分かる。そのつむじにチョップをしかけたくなった。そんなことを思った途端、あかりが首だけ振り返った。

「瑛くん、手、繋ごうよ」

こっちの返事を確認する前に、あかりは手を掴んできた。

「お、おい……」
「繋いだ方が怖くないし、安全だよ」

妙に確信を持ったような声。

「手を繋いでても、怖いものは怖いだろ……」
「でも、くっつきすぎて転びそうになるよりは安全でしょ」

ぐうの音も出ない。……まあ、暗いせいで人の目も気にならないし、何より、非常事態だから、良いかな……と思えてしまう。

「……おまえってホント、度胸あるよな」
「そんなことないよ?」
「いや、そんなことある」
「そんなこと…………」

あかりが不意に口を閉じた。後ろの方に目を向けて、暗がりをじっと見つめる。小動物が辺りを警戒してるような顔つき。

「な、何だよ?」
「何か、聞こえる」
「は?」
「て、瑛くん……何か走ってくるよ……?」
「何かって、何だよ?」
「分かんない、けど……!」

あかりが体を寄せてくる。平常時なら絶対堪らない距離。でも、今はそういうことを言ってる場合じゃなくて……。
自分の手が震えてるのかと思って、握った手を離そうとしたら、ぎゅ、と思わぬ強さで手を握られた。眼下の茶色い頭を見た。繋いだ手が小刻みに震えている。それで、ようやく分かった。恐がっているのは、何も自分だけじゃない。かちり、と頭の奥で何かの焦点が合うみたいに、腑に落ちた。さあ、こんなとこでぐずぐずしてる場合じゃない。

「おい」
「何?」
「走るぞ」
「えっ?」

返事も聞かないまま、走り出した。手は握ったまま。あと、後ろも見ないまま。



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