不機嫌な理由は教えられません #5


「佐伯くーん!」

帰り道、見慣れた広い背中を発見して、駆けだした。追いつきそうな距離で声をかける。振り返った佐伯くんはギョッとした顔を隠しもしない。

追いついて、見上げる。「な、なんだよ……」佐伯くんは視線を彷徨わせている。……本当に久しぶりにこうして顔を見た気がする。話をするのも。随分、長いあいだ一緒にいなかった気がする。たった一か月といえど。

「佐伯くん、一緒に帰ろう?」
「……ダメ。急いでるから」
「わたしも一緒に走るから」
「……ダメ」
「……佐伯くん」

急いでると言ってるけど、佐伯くんは急いでいるようには見えなかった。落ち着きはないように見えるけど、本当に急いでるときは、もっと取り付く島がない感じだ。今は……何か言いたいことがあるのに、言い淀んでいるような雰囲気だ。出会って、二年と少し。一緒に過ごすうちに、そういう微妙な雰囲気には気づくようにはなった、はず。……その割に地雷は踏んでいるみたいだけど。
痺れを切らしたみたいに佐伯くんが口火を切った。

「何だよ?」
「怒ってる?」
「……何で?」
「だって、わたし、避けられてる気がする」
「…………避けてなんかない」
「じゃあ、どうして……」
「あーもう、どうでもいいだろ、そんなこと!」
「どうでもよくなんか、ないよ!」

声を強めたら、佐伯くんが息を飲んだ気配がした。

「どうでもよくないよ……さみしいよ」

さみしかった。断られ続けたあいだ。会えないあいだ。ずっと。

「会いたかったんだよ、ずっと」

ぬるい滴が頬を伝った。

「……泣くなよ、泣き虫」

ぽん、と頭に手のひらを乗せられた。

「……何か、俺が悪いみたいになってるけどさ」
「……うん」
「おまえだって、その……結構酷いこと、言ってたんだからな?」
「“友達”って、みんなの前で言ったこと?」

顔を上げて訊ねると、佐伯くんは『うっ』と言葉に詰まったみたいな表情をした。

「自覚してたのかよ……人が悪いぞ、おまえ」
「うん、気づいたの、昨日」
「昨日?」
「避けられてる理由は何だろうって、昨日、ずっと考えてて…………考えたら、理由はあのときのことかなあって、思って」
「ふーん。昨日……昨日、ね」

頭上にため息が降ってきた。

「一か月もかかったのかよ……」

呆れたため息と一緒に呆れた声が降ってきた。

「時間、かかりすぎ」

頭の上に乗せられていた手が離れる。そのまま、こつん、と軽く頭を小突かれた。……ちっとも痛くない。チョップの形をした手越しに佐伯くんの顔を覗き見る。照れ隠しに失敗したような笑顔……。じっと見つめていたら、「な、なんだよ」と気恥かしそうに佐伯くんが言った。わたしは思ったままのことを言う。

「……佐伯くん、可愛いなあ」

「はっ!?」
「佐伯くん、可愛いなあって」
「いや、もう一回言わなくていいから! 聞こえてるから! ……つーか、コラ」
「イタッ!」
「おまえ、実は全然反省してないだろ。つーか、可愛いって何だ」
「は、反省してるよ……! ただ、佐伯くん、ずっとすねてたのかなあって、思ったら、可愛いなあって……」
「…………すねてなんか、ない」
「そうなの?」
「怒ってたんだ、俺は」
「え?」

ぼそぼそと佐伯くんは話しだした。

「俺たち、結構、一緒にいただろ? だから俺、おまえも同じ気持ちなのかな〜って、そう思ってて……なのに、おまえ、何のためらいもなく“友達”だって言うだろ? 何か、やり切れなくて……」
「それで、すねてたの?」
「だから、すねてないって! 怒ってたの、俺は!」
「……ふふっ」
「な、何だよ」
「やっぱり、可愛いなあ」

昨日、西本さんにも言った台詞をもう一度、佐伯くんに向けて言う。避けられているあいだは、さみしかったけど、目の前で顔を赤くして言葉を詰まらせている佐伯くんがあんまり可愛いから、別に、もういいかなって思う。

「ねえ、佐伯くん」
「何だよ?」
「来週、一緒に水族館行ってくれる?」
「…………友達として?」

佐伯くんが難しげな顔で聞いてくる。わたしは、うーん、と考え込む。

「佐伯くんが好きなように取っていいよ?」
「それ、どういう……」
「わたしも佐伯くんと同じ気持ちのつもりだったよ?」

でもみんなの前でそんなこと言えないじゃない。どんなに“そのつもり”でも、確かな言葉にしてしまうには曖昧な関係だったので。

いつまでも経っても反応がない佐伯くんに、もう一度訊いてみる。

「来週、ダメ?」
「……いいよ、別に」

一か月振りに聞く了承の言葉。わたしは笑顔で返した。

「じゃあ、来週日曜にはばたき駅でいい?」
「了解。遅れたらチョップな」

遅れたりしないと思う。久々のデートが嬉しくて、嬉しくて。

「久しぶりのデートだね!」
「で、デートって、おまえなあ……!」

些細な事に突っかかる佐伯くんは、やっぱり可愛いと思う。不機嫌そうな顔は相変わらずだけど、今では、それが照れ隠しなんだということに気づいている。気づいてしまっている。



不機嫌な理由は教えられません


[title by 確かに恋だった 様/2011.06.01]
*7000hitありがとうございました!
*【瑛主で】【両思いなのにすれ違って見てるこっちがやきもきする・・・そんな二人】
*好感度友好なのに、ほとんど好きになりかけチックな佐伯くんです(すみませんすみません)
*eriさんに捧げます。素敵なリクエスト、ありがとうございました!

[back]
[works]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -