あなたとわたしがゲキテキな変化を遂げる 冬 #6


珊瑚礁を出るなり、佐伯くんはわたしを見下ろして訊いて来た。苛立っているのか、とても機嫌が悪そうな様子だった。

「……で、どっち?」
「“どっち”って?」
「おまえん家の方向」

しれっと言う。まるでごく当たり前のことのように。
わたしはというと、相変わらず、違和感を拭えないでいる。だって、そんなの今更だ。もう何度も一緒に帰ったことがあったはずなのに。玄関先まで送ってくれたこともあったはずなのに。

「あ……えっと、あっち」

方向を指さす。「あ、そう」と言って、佐伯くんは先に歩き出す。

「道路側の道、行くからな」
「あっ、うん……!」

先を行くを佐伯くんの後を追いかける。
これも、新手の嫌がらせの一種なのかな? だとしても、何だか、腑に落ちない。腑に落ちないものを感じながら、佐伯くんの後を追って道路へと続く階段を上った。





「佐伯くん……!」
「……………………」
「佐伯くん、ねえ、ちょっと……!」
「…………………………」
「さーえーきーくん!」
「…………何だよ?」

ようやく返答があった。佐伯くんはすごく面倒くさそうに体半分だけ振り返っている。息を整えながら、伝えた。

「歩くの、早いよ……!」

今日は何だか急いでばかりいる気がする。今といい、珊瑚礁へ向かう時も走った。

「早くない。これくらい普通だろ」
「ふ、普通じゃないよ、早いよ!」

佐伯くんは面倒くさそうにため息をついている。……幾らなんでも酷いと思う。佐伯くんとわたしじゃコンパスに差がある。必然的に歩幅にも差が出てくる訳で……。

「これじゃあ、一緒に帰ってるとは言わないよ……」
「……別に、一緒に帰ってる訳じゃない」

不機嫌そうな顔で佐伯くんが呟く。それはまあ、そうだろうけど……。佐伯くんからすれば、家に帰っている訳じゃなくて、珊瑚礁からわたしを送り届けるためにお店を抜け出していることになるのだろうから。きっとさっさとわたしを送り届けて、早くお店に戻りたいんだろうな、と思う。そう考えると、とても申し訳ないことをしている気になった。
けれど、急ぎたい気持ちも分かるけど、そろそろ息が限界だった。今日は本当にずっと走り通しな気がする。

「ねえ、佐伯くん、ちょっと待って!」

息が苦しいまま、もう一度、佐伯くんに訴えた。

「あぁ、うるさい! わかったから……」

佐伯くんは心底たまりかねた、というような声を上げて振り返った。というか、立ち止まって振り向いた。

「わっ!」

佐伯くんの後を追って走っていたわたしは急に立ち止まった佐伯くんに、咄嗟に反応出来なくて、そのままぶつかってしまった。佐伯くんが驚いたように目を見開いた顔が最後に目蓋の裏に残った。

「!?」

唇に衝撃を感じた。咄嗟に閉じた目蓋を持ち上げると、手のひらで口元を押さえている佐伯くんの姿が視界に入った。佐伯くんが顔を真っ赤にして呟いた。

「おまえ、今……」
「ごめん……」

わたしも手のひらでぶつかった口元を押さえながら謝った。だって、佐伯くん、急に立ち止まるんだもん……。急には止まれないよ。
あれ? と思った。
こんなやり取り、前にも……。

佐伯くんが訝しげにわたしの顔を見た。

「な、何だよ……急に黙るなよ……」
「う、うん……ゴメン。でも、こんなやり取り、前にもあった気がして……」

確か春先のことだったと思う。まだ一年生だった。こんな風に、帰り道に佐伯くんと……。

「は!? 前にも?」

けど、佐伯くんはビックリしたような慌てたような調子でわたしの台詞を否定した。

「ある訳ないだろ! そんなこと!」
「でも……」
「でもも何でもない! こんなこと何度もあってたまるか」

吐き捨てるように言って、佐伯くんは背中を向けてどんどん先に歩いて行ってしまった。背中を向けたまま、「行くぞ!」という佐伯くんの声が聞こえる。「……うん!」頷いて、足を前に動かし始めたけど、違和感が拭えない。……照れ隠しなんかじゃなくて、本気で否定された気がした。佐伯くん、まさか、本当に忘れちゃってるのかな……?





海沿いの道を抜けて、住宅街までやってきた。家まで、あともう少し。

「いいか? さっきのは事故だからな! 純然たる事故だ!」
「もう分かったよ……佐伯くん……」

佐伯くんはわたしの顔を見ないで、さっきから同じような台詞を繰り返している。曰く、『さっきのは事故だ』。これも前に繰り返した会話な気がするんだけど、佐伯くんはそんなことには頓着してないみたいだった。

「誰にも言うなよ?」
「言わないよ」
「……うん。なら、よし」

確かめるように言って、佐伯くんが頷いた。少し安心したような顔をしている。そんなに心配しなくても言わないのに、と思う。もっと信用してくれたらいいのに。

「なあ、おまえの家ってまだ?」

ふと気付いたように、佐伯くんが訊いてきた。そういえば、とわたしも頷きを返した。

「うん、そろそろだよ」
「そっか。やっと解放される……」

ぼやくように言う佐伯くんに「もう!」と言って頬を膨らませたら、隣りから少しだけ笑う気配がした。……あ、ちょっとだけ、和やかな空気。今日の佐伯くんは少し他人行儀な感じだったから、何だかそれだけで嬉しくなってしまった。気色ばんだような佐伯くんの声が隣りから降ってくる。

「何、ニヤニヤしてんだよ」
「してないよ……あ、あそこ!」

見慣れた屋根の家を見つけて指さした。

「あそこだよ! あれがわたしの家」
「ふうん」

関心があるのか無いのか、佐伯くんは息だけで返事をした。急に歩くのがゆっくりになった佐伯くんに対して、わたしは小走りで門の前まで駆けて行った。表札を指さして佐伯くんに示そうとして、立ち止まった。……あれ?
佐伯くんの声が背中にぶつかる。

「どうした? 急に立ち止まって……」

指をさした場所から、目を離せない。

「おまえん家なんだろ? ここ。何だよ、急に固まって」
「…………の」
「何?」
「名前が、無いの」
「名前?」

というか、表札が無かった。
佐伯くんが隣りから覗きこむ。

「無いな。表札」
「でも…………」

見間違うはずなんか無い。いつもここに帰っていたんだから、見間違うはず何か、無い。門には表札があって、そこにはちゃんと名字が書かれてあった。

「家、間違えてんじゃないのか」
「さすがにそこまでボケてないよ……」
「どうだかな……」

佐伯くんはため息をつくようにして言ったけど、流石に自分の家を見間違えるほどボンヤリじゃないはず。目の前の家を見上げる。うん、見慣れた、わたしの家だ。

「なあ、おい」

佐伯くんがわたしの肩を叩いた。びくり、と肩が跳ねた。

「あれ、見てみろよ。看板」
「え?」

佐伯くんの指がさし示している看板を見て、愕然とした。

“空き家物件”

看板には問合せ先の電話番号まで載っていた。わたしはすっかり混乱してしまった。なんだか、クラクラする。息苦しい。暑い。

「何だよ? 急に黙り込んで」
「ねえ、佐伯くん……」

珊瑚礁にいた時から感じてた違和感にようやく思い至った。暖かいんだ。少し走れば暑いほど。……2月にしては暖か過ぎる。縋るように佐伯くんに訊ねた。

「今って、何月?」

心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた佐伯くんは、怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

「5月だろ。5月1日」

さも当然、というように、事もなげに佐伯くんは言った。

――何だか、訳の分からないことが起きてる。

頭がクラクラして、門に手をついたまましゃがみ込んだ。そのまま目の前が暗くなる。

「おい!? どうした?」

焦ったような佐伯くんの声だけが耳に残った。




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2012.01.18
*続きます。
*久々の更新過ぎてすみません……。
*ということで、(当初の予定通り)次回でインターバル挟む予定です。

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