あなたとわたしがゲキテキな変化を遂げる 冬 #5


客の波も引いて一息ついた頃、窓辺の席に目を向けると、まだ、いる。茶色の頭をしたヘンテコな女。今度こそ本当にため息をついた。足を動かして奴の席に近づく。

「おい」
「あ、佐伯くん。お疲れ様!」

ボンヤリが座っている席のテーブルを覗き込むと、グラスが二つ。一つはお冷用、もう一つはアイスコーヒー用のグラス……大方、じいちゃんが気を利かせたんだろう。グラスは空になっている。

「ウチのコーヒーの味はお気に召しましたか?」

外向きの笑顔で言ってやると、屈託のない反応が返ってきた。

「うん! とっても飲みやすかったよ、ごちそうさま!」

素直な反応、素直な笑顔。思ったことをそのまま口にしたみたいな……。

「ああそう……」
「今日ブレンドしたばっかりの豆なんだよね? でも、すごくおいしかったよ」
「今日ブレンドした?」
「うん、さっきマスターがそう言ってたんだ。メニューになってないなんて、もったいない気がするよ」
「ちょっと待て…………」
「え?」

今日ブレンドしたばかりの豆? それって、まさか……。
カウンター奥にいるじいちゃんの顔を見る。すると、俺の顔を見て何事かを悟ったのか、にっこりと笑ってみせるじいちゃん……ああ、もう…………。

「そのコーヒー、さ」
「うん?」
「俺がブレンドした奴だ……多分」
「えっ、そうなの?」

心底ビックリしたみたいな顔。だから多分、事前に知っていた訳じゃあ、ないんだろう。それはそれで始末に負えないけど。

「そろそろアイスコーヒーも出始める時期だろ? それ用に新しいブレンド、ずっと考えてて…………今朝ようやくマスターにも披露できそうな奴が出来たんだ。だから……今日ブレンドしたばかりで、まだメニューになってないっていうなら、多分、それ」
「そうなんだ……すごいね、これ、佐伯くんがブレンドした奴なんだ」
「何だよ、お世辞なら要らないからな」
「お世辞なんかじゃないよ! 本当にそう思ってるんだよ!」

それは……多分、そうなんだろう。このヘンテコな女とヘンテコな出会い方をして数時間経つ。思ったことがそのまま顔と口に出るタイプ。嘘をつくのがヘタなタイプ。とゆーか、つけないタイプ。……俺とは、違うタイプ。だから一連の台詞は本心から出てるんだろう。きっと。

「その……」
「ん?」
「……サンキュウ。何て言うか、コーヒーの感想のことだけど」
「え? あ、ううん! わたしこそ、ごちそうしてもらって、ありがとうって話だよ!」

勢いよく体の前で手を振る。それはまあ、そうだよな、と頷きを返す。

「そうだよ。つーか、それ飲んだら帰れって言っただろ。何で、まだいるんだよ、おまえ」
「ああ、うん、それはね……」

言ってから、視線を窓辺に向けた。やっぱり少しだけ窓が開いている。涼しげな風が微かに吹いている。

「ここからの景色、すごく好きだなあって。見てたら飽きなくて」

視線の先には、羽ヶ崎の灯台。その向こう側には凪いだ海と白い浜辺が見える。子どもの頃から見慣れた景色で、この景色が好きなのは、俺も同じことで。

「……そうかよ」

この景色に見惚れる気持ちは分からなくはない。時間も忘れて、見入ってしまう、とか。
少し開けた窓から風が吹いてくる。ふわり、とレースのカーテンが風にあおられて揺れる。揺れたカーテンがボンヤリの頬に触れて離れてく。くすぐったそうに目を細めているボンヤリ……。思ったことをそのまま言う。

「カーテン、邪魔じゃないのか?」

すると頭を振るボンヤリ。

「ううん、邪魔じゃないよ?」

何で嬉しそうにしてるんだか。ニヤニヤ顔にチョップしてやりたくなってくる。訳のわからない衝動みたいなもの。

「瑛」
「あ、じいちゃ……マスター」

振り返ると、いつの間にかじいちゃんが近くに立っていた。

「マスター、アイスコーヒーごちそうさまでした。とってもおいしかったです」
「そう言ってもらえると、ブレンドしたウチのバリスタも報われますよ。なあ、瑛?」
「勘弁してよ、じいちゃん……」

じいちゃんのからからとした笑い声とボンヤリの笑い声が重なる。ああもう……何なんだ、この空気……。

「さて、そろそろ遅い時間だし、お嬢さんを家まで送ってさしあげたらどうだ」
「えっ、何で俺が?」
「直に陽が暮れる。こんな可愛らしいお嬢さんを一人で帰したら危ないだろう?」

じいちゃんの台詞を聞いて、ボンヤリ女が猛然と頭を振って寄越す。

「あっ、いいんです、わたしの家、ここから近いんで……!」
「ほら、コイツもこう言ってるし」
「いいから、送ってさし上げなさい。それから、女の子に向かって“コイツ”なんて言うもんじゃない」
「でも……」
「しばらくお客も来ないさ。休憩だと思って行ってきなさい。どうせ、ゆうべはブレンドにかかりっきりで碌に寝てないんだろう?」
「えっ、何で知って……」
「朝一で僕の家まで届けに来るくらいだ。目の下にクマまでこさえて。ゆうべは徹夜だったと思うのも無理もないだろう」
「………………」

……全部お見通しらしい。ぐうの音も出なくて言葉に詰まる。じいちゃんが仕方なさそうに笑って言う。

「それでも行きにくいなら、帰りに買い物も頼まれてくれるかな? ゴミ袋の代えがそろそろ切れそうなんだ」
「…………分かったよ」
「それは、良かった。お嬢さん」
「は、はいっ」
「小さな店ですが、見つけてくれてありがとう。狭苦しい店ですが、よければまたお越しください」
「……はい!」
「ほら、行くぞ」

ボンヤリを促す。どうせ行かなくちゃいけないなら、手短に済ませたい。
入口のドアを開けて待っていると、ボンヤリは慌てて身支度を済ませて、もう一度マスターに一礼、振り返って、バタバタと早足で店内を横切る。今にもどこかに蹴躓きそうな危なっかしさがあってハラハラさせられる。……なんで、こんなヘンテコな女の心配なんかしなきゃいけなんだ、と、腹立たしさがつのる。腹立たしさをため息にして、やり過ごした。
店を出たら、あたりはすっかり夕暮色に染まっていた。確かに、もうじき陽が沈みそうな空の色だ。




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2011.05.31
*天然な(いつもの)デイジーと、そんなデイジーにうっかりほだされ始めてる佐伯さんの巻。そうしてそんな孫とお譲さんを微笑ましく見つめるおじいちゃん……そんなチーム珊瑚礁が好っき!(ねつ造は甚だしい話ですががが;)
*まだ続きます。次回で多分、一旦(展開的に)一段落。インターバル挟んで新展開の予定(あくまで予定)です。

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