童話にはできないから #6


裏方だったけど、良い思い出だったと思えた文化祭が済んだ帰り道、隣りには見慣れた茶色い髪が海から吹く風にあおられてはためいている。並んで帰る帰り道。いつもと違うのは、今日は上の道じゃなくて下の道、白い浜辺を歩いている点。あかりが「こっちを歩こう」と誘ってきたからだ。

風にあおられた髪の毛が邪魔なんだろう。手で押さえて、目を細めている。帰る道すがら、ずっと気になっていること。舞台袖であかりが口にした台詞が気になって仕方ない。――すごく悲しいお話だけど、きっと、それだけじゃないんだよ。人魚姫の話を指してあかりが言った台詞。一体どういう意図で口にしたんだろう。
手で髪を押さえながら、あかりが口を開いた。

「文化祭、終わっちゃったね」
「そうだな」
「もう、来年は無いんだなあ……」
「三年目だしな」
「うん、そうだね…………あーあ、残念だなあ」
「何が?」
「王子様役の瑛くん、見てみたかったなあって」
「は?! ヤダよ、王子役なんて!」
「だって、ゼッタイ似合いそうだったのに」
「似合わない、ゼッタイ似合わない、あんな紫のフリルの衣装なんか」
「そうかなあ? でも、せっかく多数決で選ばれてたのに、断っちゃうなんて、もったいないよ」
「仕方ないだろ。忙しくて王子役なんかやってられなかったんだよ」
「……その割に、結構熱心に裏方頑張ってたよね?」
「あれは、だって、おまえがいたから……」
「えっ?」
「えっ? あ、いや! ほら、体裁とか、あるだろ……!」
「……ふーん。あーあ、でも、残念」
「しつこい」
「だって諦めきれないよ。あーあ」
「……何だよ、いい加減諦めろ」
「……わたしは、人魚姫、やりたかったなあ」

ぽつり。そう言った。

「えっ?」

――人魚姫? あかりが?

あの日の面影と、今、目の前にいるあかりの顔が重なる。同じ海辺の同じ夕日。不意に胸が痛くなる。そんなの、

「そんなの、ダメだ」
「え?」

急に怖くなった。不思議そうに見上げてくるあかりの手を掴んで引き寄せた。

「……おまえが人魚姫、なんて、そんなの」

そんなことして、もしもあのお話通り、悲しい結末になってしまったら。
あの童話みたいに、泡になって消えてしまうとか。……こいつがいなくなる結末なんて。
そんなの、耐えられそうにない。

「…………変な瑛くん」

あかりが手を伸ばして、髪に触れてきた。風にあおられて顔にかかる髪を指先で払われる。視界が晴れる。

「さっきは、“おまえが人魚姫なら、世の中、静かで助かる”って言ってたのに」

そう言って、くすくすと苦笑いしている。思わずに眉間に力を込めてしまう。

「……さっきは、そう言ったけど、でも、やっぱりダメだ」
「どうして?」
「だって、あんな悲しい結末の話……」
「うん、悲しい結末のお話だけど……きっと、それだけじゃないんだよ」

――それはさっきも言っていた台詞だ。

「……何で、そんなこと言えるんだよ?」
「わたしね、人魚姫の気持ちが分かる気がするんだ」
「?」
「お話の終わりは確かに悲しいものだけど、でもね、人魚姫は不幸だった訳じゃないと思う」

――人魚姫が不幸じゃない? 何で、そんなこと……。

「だって、好きな人に出会えたんだもの」

続けて、満面の笑みで言った。何かの花が咲いたみたいな笑い方。

……あーあ。

適わないなって、思う。

「…………おまえってさ」
「ん、なに?」
「楽観的だよな。とことん」
「……何だか、引っかかる言い方だなあ」
「褒めてんだよ。おまえのそういうとこ、好きだよ俺」
「えっ」
「い、いや、そういうとこ、限定って話だからな……!」
「瑛くん…………」

今日一日で何回墓穴を掘りそうになったんだろう。怖くて数えたくはない。それにしても……。

「瑛くん?」

距離が近い。その、物凄く。咄嗟の事とは言え、あかりの手を取ったまま、あかりはあかりで、俺の髪を指で押さえたまま。距離が近いことには多分、気が付いていない。これだからボンヤリは……と悪態をつきたくなるものの、その衝動は抑えておく。代わりに……。

「あのさ、あかり」
「うん、何?」
「おまえ、ワルツ、踊れる?」
「えっ?」
「……やりたかったんだろ? 人魚姫。ここで付き合ってやるから、踊りだけ」
「……いいの?」
「ただし十中八九、俺はおまえの足を踏む」
「そんなこと、自信満々に宣言されても…………」
「嫌なら、別にいいんだぞ?」
「やる! やりますやらせて下さい!」
「オーケー。じゃあ」

一旦掴んでいた手を離す。一歩後ろに足を引いて、軽く体を屈める。

「『私と踊っていただけませんか?』」

これは劇中の王子の台詞。あかりは突然の台詞にパチパチと何度か目を瞬きさせて、それから、

「はい、よろこんで!」

大きな声で返事を返す。当たり前だ、人魚姫じゃないから、声が出せる。
悲しい結末の人魚姫の話。あかりが言う通り、人魚姫は不幸じゃなかったんだろうか? 悲しいお話も人魚姫にとっては、そうじゃなかった?

――そんなの、随分と都合がいい話じゃないか。

そういう風に否定したい自分がいる。でも……。
もし、そうだったら、
人魚姫が不幸じゃなかったなら、
それは救われる話だ。

そしてそれは、人魚と若者の話にも言えること。
若者の元を去った人魚も、海で人魚の帰りを待っていた若者も、決して不幸ではなかった。二人は愛し合っていたから。それにきっと、船で海へ漕ぎだした若者は信じていたはずだ。再会出来ることを。

……やけに胸がはずむのは何でだろう。目の前にいるあかりがやけに嬉しそうなせいなのかもしれない。……そっか、そうだよな。好きな相手が嬉しそうにしてたら嬉しいよな。そんな、当たり前のことを実感させられる。

手を伸ばして、あかりの手を掴む。……あの日の人魚。小さな頃に一度だけ出会った。再会の約束をした。もし、おまえが人魚なら――仮に、そうじゃなくたって――掴んだ手を離したくはない。童話みたいな終わり方には決して、したくない。

「俺さ…………」
「ん、なに?」
「人魚姫、おまえに投票してたよ」
「えっ? イタッ!! 瑛くん、酷いよ、足踏んだ!」
「踏むって言っただろ。十中八九」
「だから、そんなこと自信満々に言わないでよ……!」
「つーか、おまえ、俺の告白聞いてないだろ。このボンヤリ」
「告白? 何のこと?」

きょとんとした顔で見上げてくるあかりにため息をつきたくなる。慣れないステップで会話をするのも、ため息をつくのも、容易じゃない。こういうのは向いてない。舞台上で恥をさらさないで済んで良かった。それじゃあ、今のこれは一体なんだって話。……まあ、これは別問題、ということで。

人魚姫の主役を演じたかったという、ボンヤリに実際に口にして言ってやる。はっきりと、分かりやすく。

「俺の人魚姫はおまえだけってこと!」

苦し紛れに言い捨てた台詞に、おなじみの「えっ?」という問い返しが返ってくる。何度聞き返したって、無駄だ。二度目は無い。今日一日で何度も何度も掘った墓穴。これ以上は流石に御免こうむる。

それでも、掴んだこの手を離すことはしない。童話通りの、悲しい終わり方にはさせない。子どもの頃に抱いた疑問。悲しいお話の結末は、どうしたら変えられるんだろう、ということ。その疑問の答えは、まだ得られていないけど、分かったこともある。
繋いだ手をしっかりと握り直す。思ったことを願いだけで終わらせないように、約束するみたいに。強く握ると、手の中の小さな手も、同じように握り返してきた。まるで返答のように。手の中の感触を確かめて、想いを新たにする。――悲しい結末も、この手を離すことも、どっちも絶対に御免だ。




童話にはできないから



[title:alkalism 様][6700hit thanks! / 2011.05.28]


◎6700番を踏んで下さった、ぽんさんに献上します。もしよろしければお受け取りください……!
リク内容は【学園祭「瑛くんとデイジーが裏方バージョン」】ということで学園祭のお話です。
ところで……リクエスト内容がですね、
【主役になれなくて「人魚姫に憧れるデイジー」と瑛くんが「俺の人魚はおまえだけだ」みたいなことをツルっと口を滑らせて言ってしまうようなラブっプル話】
もうね、もうね、リクエスト文にずきゅんときました! ずきゅんときました! だって、素敵過ぎて……! 萌えます! 萌えずにいられない……! 萌えツボにクリティカルヒットでした……!(GJ! クリティカルだぁ!)(大迫ちゃん大迫ちゃん!) 
大切に大切に温めすぎて、ちょっともう、献上品にあるまじき長さになってしまい、本当に申し訳ありません。上手く書けば半分くらいの長さにできたと思うのですが、上手く出来ませんでした(チーン)(……)。肝心のお話の内容も、回収したかった部分を消化しきれなかったり、あと、ラブさが不足していて、本当に申し訳がないです。愛だけは! 愛だけは、しこたま込めました! 
浜辺でワルツとか、後日、佐伯くん赤面してしまうこと確実ですね^^(こらっ)……等々、反省点が多いですが、もしよろしければお納めください。
ぽんさん、素敵なリクエストをありがとうございました。


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