童話にはできないから #3


(渚で出会った若者と美しい娘は恋に落ちました。)


それはまあ、お話の定石通りに。よくある展開。でも、それで十分じゃないかと思う。
どうして、それだけじゃ済まないんだろう? どうして愛し合った二人が離ればなれにならなくちゃいけないんだろう。







「……えい!」
「……甘い!」

降ってきた手をキャッチ、掴んだ右手はそのままに、自分の右手を返して、驚いて目を丸く見開いた、いかにもボンヤリした顔の額に軽くチョップしてやった。さっきも言ったけど、甘い。甘すぎる。

「俺にチョップするなんて、100年早い。つーか、寝込みを襲うなんて趣味悪いぞ」

起きあがって、後ろの木に背中を預ける。自分で仕掛けておいて、まんまと返り打ちにあったあかりは不服そうに頬を膨らませている。そんな表情をすると、こいつはますます小動物っぽく見える。あるいは小さな子供。

「寝たフリなんてズルイよ、瑛くん」
「寝たフリなんかしてない。おまえの気配で起こされたんだ」

まだ何か言いたげな顔に向けて訊く。

「何か用か?」
「……別に」
「なら、さっさと戻れ。俺は寝る」
「お昼、もう食べちゃったの?」
「食べた。おまえは?」
「これから」
「ここで?」
「うん」

こっくり頷いた。

「瑛くんと一緒に食べたかったんだけど……」

あかりは手に持った小っぽけな手提げを手持ちぶさたそうに軽く揺らした。何だ……。

「そ、そういうときは、メールとか、しろよな……」

顔が勝手に赤くなる。「だって」とあかりが言う。

「メールするより、探した方が早いかなって思ったんだもん」
「それはそうかもしれないけど……でも、こういうこともあるからさ……」
「こういうこと?」
「すれ違うこと」
「うん、そうだね」

あかりは素直に頷いている。膝に手を置いて、はずみをつけるようにして立ち上がると、「それじゃ、わたし戻るね」とやけにきっぱりと言った。その手を咄嗟に掴みそうになって、掴み損ねて、あかりが片手に持っている手提げの端を思わず掴んでいた。あかりが前方向につんのめりそうになる。首だけ振り返って、黒目がちな目で不思議そうに見つめ返してくる。

「瑛くん?」
「……あ、いや! 別に!」

ほとんど癖のようなもので、否定の言葉が口をついて出る。いや、そうじゃなくて……、

「…………ここで食べりゃいいじゃん。弁当」

言いながら、どんどん声が小さくなっていって後半の台詞は自分でも聞き取り難い。頬がやたらと熱い。これくらいのことで、何でだ。見上げるとあかりはぽかんとした顔をしている。ぽかんとした顔が一転して笑顔になって、「うん!」と大きく頷いた。その返事に安心して掴んでいた手提げを離す。あかりは隣りに座り込んだ。

弁当の包みを開けながら、ふと手を止めてあかりが訊く。

「瑛くんはどうするの?」
「俺は寝る。時間が来たら起こすように」

言って、言葉通り横になる。上からあかりの「え〜」という声が降ってくる。いや元々寝るつもりでここに来てた訳だし。昨日、根を詰めたせいで寝不足だった。いま寝ておかないと午後がヤバい。
ややって、「変なの」という声が降ってきた。呆れたような声で、でも笑い声だった。――ま、確かに。内心で賛成しておく。折角一緒にいるのに、寝るだけなんて何だかおかしい。それでも少しでも一緒にいられればそれでよかった。

「そういえば……」

口に何か入れているのか、もごもごとした口調であかりが言った。食べながら話すのは行儀が悪い。そんな小言を返したくなる。目を閉じたまま返事をした。

「……何?」
「文化祭、瑛くん、裏方なんだね」

投票結果は、まあ予想通りで、圧倒的多数票を勝ち取った王子役は丁重に辞退させていただいた。そんなことをしてる暇はなかったし、それに――

「おまえもだろ」

あかりも裏方だ。二、三ほど何かの役に票が入っていたみたいだけど、まあ、圧倒的少数派。当日舞台裏でコマネズミのように立ち働く姿が今から予想できる。「うん……」と頷いた声が、妙に元気がなくて違和感を覚えた。

「瑛くん、あのね」

心を決めて何かを言いだそうとしたみたいな、妙に緊張した声だった。あかりがこんな声を出すのは珍しい。何事だと思って、目を開けた。黒目がちな二つの目と視線がかち合った。

「…………何でもない!」
「………………」

そんなの嘘だろう、と言いたくなるような白々しい否定の仕方だった。高校入学以来の付き合いとは言え、三年。それなりに長い時間。学校以外で一緒に過ごす時間も多かった。だから、何でもない、というのが嘘だと言うことはすぐに知れた。でも……。

「ほら瑛くん、早く寝ないとお昼休み終わっちゃうよ!」
「…………自分から話題振っておいて、おまえなあ」

無理に明るく振舞ってるような、空元気。そんな様子に違和感を覚えた。
でも、そのときはそのまま目を閉じてしまった。あかりの言葉に促されるままに。小さな呟きが耳をくすぐる。

「……おやすみ、瑛くん」


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