童話にはできないから #2


(それは、むかしむかしの話……)


子ども心に不思議だった。どうして、人魚は若者の元を去ってしまったのか。どうして、若者はすぐに人魚を追いかけなかったのか。どうして、このお話には結末がないのか。
……疑問の答えは、まだ得られていない。







3年目の文化祭。クラスの出し物は演劇、演目は「人魚姫」。よりによって、と思わなくもない。まるで何かの差し金か悪意ある思惑、あるいは、性質の悪い冗談、悪ふざけにさえ思える。しかし、そんな訳はない。

羽ヶ崎の海と灯台には人魚にまつわる伝説があって、そのせいか、「人魚姫」は毎年どこかのクラスが演目として選ぶほど人気がある劇だった。それは今年もご多分に洩れず。今年はうちのクラスがこの演目を勝ち取った。ただの早い者勝ち、クジ運の強さ、というだけの話。それでもどこか釈然としないものは残る。

出し物がクラス演劇に決まったときから、嫌な予感はしていた。というか、その嫌な予感は実際に周囲からそそがれる期待のこもった視線としてチクチクと体に突き刺さる。端からその期待に応えるつもりは更々ないというのに、気が滅入った。今回は何かと難航しそうだったので。

視界の端にはおなじみの茶色い頭がチラつく。出席番号の関係上か、何の因果か知らないものの、テストのときだけ席が隣りになる、もういい加減見慣れた茶色の頭。その茶色い頭が一体いま何を考えているのか、無性に気になる。

茶色の持ち主、もとい、あかりは周囲の議論に参加することもなく、ただじっと黒板を見つめている。黒板には白字で演目「人魚姫」と書かれていて、その横には人魚姫、王子、海の魔女、その他大勢の役名が続く。役名の下にはまだ生徒の名前は書かれていない。全部これから決まることだ。立候補と推薦。それでも決まらなければ、くじ引きか何か。

クラス委員長が立候補者を問いながら、用紙を配る。そこに何を書くか、誰の名前を書くのかは各人の自由。個人情報が固く守られることを祈り(まあ、一応)、ペンを握る。



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