あなたとわたしがゲキテキな変化を遂げる 冬 #4


佐伯くんを追って珊瑚礁に飛び込んだ。お店の奥にビックリした顔の佐伯くんがいるのを確認して、ホッと安心した。手を離したら、また一人でどこかに行ってしまいそうで不安で仕方ない。どんどん小さくなる背中に追いつこうと必死で走ったから心臓がバクハツしそう。膝に手をついて息を整えていたら足元に影が落ちた。次いで、低い声も落ちてくる。

「……帰れ」
「……ヤダ」

顔を上げる。佐伯くんは全身から不機嫌オーラを出していて、とても威圧的だ。でも引き下がるつもりなんか更々なかった。不機嫌オーラ全開な佐伯くんに負けじと眉間に力を込める。キッと睨みつけるようにして見つめると、佐伯くんは苛立たしそうに目を眇めた。

「いいから帰れ。このストーカー」
「違うってば!」
「どこがだよ」

まるでわたしのこと信じてくれていないみたいな言い方。……確かに、『ダメだ』って再三繰り返す佐伯くんを無視して、無理矢理ついて来たのは、よくなかったのかもしれない。でも、ここまで拒否反応を示される理由も分からない。納得できないことだらけだった。それは、あの海辺での会話以来、ずっと。
すごく険悪な空気を割るように、ぴしゃり、と叱責の声が響いた。

「コラ、瑛。おまえはお客さんになんて口の聞き方をするんだ」

――マスター。つかつかと、わたしと瑛くんのところまで歩いてきて、佐伯くんを叱る。

「じいちゃん、こいつは客なんかじゃないよ」
「何を言ってるんだ。この店のドアを開けて、店に来てくれた人は誰でも、この店のお客さんだ。当たり前のことだろう」

佐伯くんが『うっ』と言葉に詰まる。マスターは佐伯くんに向けていた厳しい顔を和らげて、こちらに顔を向けた。

「さ、うちの若いのが失礼しました。どうぞ、小さな店ですが、ゆっくりお休みください」
「あ、ありがとうございます……」

マスターの優しい言葉に、お礼を言って頭を下げた。佐伯くんが小声でマスターに言う。

「じいちゃん、まだ開店時間じゃないだろ」
「なに、もうじき開く時間じゃないか」
「でも……」
「それとも、おまえはせっかく来てくれたお客さんを開店時間じゃないからと言って、無碍に追い返すのか?」

もう一度、『うっ』と言葉に詰まる佐伯くん。……何だか、ちょっと気の毒になってきたかもしれない。見つめていたら、ぱちりと目が合った。ばつが悪そうに、あるいは、渋々と言った様子で、佐伯くんが言った。

「……ほら、入れよ」

そうして、横方向に一歩移動して入口を開けてくれた。

「コラ、お客さんになんて口の聞き方をするんだ」

もう一度同じ注意の言葉。佐伯くんは閉口してマスターを見つめ、それからわたしに目を向け、本当に渋々といった様子で、口を開いた。

「…………いらっしゃいませ」

笑顔なし、お辞儀なし、愛想の一かけらもなかったけど、わたしは思わず笑ってしまった。

「お邪魔します」

一言、そう言ってお店の中に入った。





「どうぞ」

ことり、とテーブルにグラスが置かれた。ふたつ。ひとつは小さめのグラスで冷たそうなお水が入っている。もうひとつは、

「アイスコーヒーです」

マスターがそう言って、コースターの上にアイスコーヒーが入ったグラスを置いてくれた。わたしは慌てて頭を振った。

「で、でも、わたし何も頼んで……」
「瑛の奴があなたに乱暴な口をきいたお詫びです」
「で、でも……」

なおも言い募ろうとするわたしに、マスターは小さく声をひそめて言った。内緒話をするみたいに片手を口の横に当てて。

「……実はね」
「?」
「それは今日初めてブレンドした豆で淹れたコーヒーなんです」
「はあ……」
「本来であれば、まだ商品としてお出しできる代物じゃないんです。だから……」

そこでマスターは一旦言葉を切って、にっこり笑うと、言った。

「試し飲みか何かのつもりで受け取ってもらえませんかね?」

そこまで言ってもらえたら、もう断れなかった。

「……いただきます」
「ごゆっくりどうぞ」

ああ、そうだ、とマスターが窓に手をかけた。

「少し窓を開けましょうか。今日は風もそう強くないし」
「あ、はい……」

涼しい風が通る。……実を言うと、全速力で走って来たせいで、すごく暑くて仕方なかった。冷たいコーヒーが入ったグラスを手に、考え込んでしまう。なんて、気遣い。心づくし。――マスターって、すごくモテそうだなあ……。





海から吹く風に窓辺のカーテンがふわふわと揺れる。目を細めて、夕日に輝く海を眺める。マスターは景色のいい席を勧めてくれたのかもしれない。少し窓を開けてもらったおかげで、大分汗は引いてくれたけど、まだ暑かった。首元のリボンを少し緩めて、服の中に風を送る。不機嫌な声が頭上に降ってくる。

「おまえ、はしたないぞ」

珊瑚礁の制服に着替えた佐伯くんが席の横に立っていた。同じ距離を走ったはずなのに(それもわたしより先に目的地に着いたのに)、佐伯くんはほとんど汗をかいていなかった。今も涼しい顔。……なんだか、納得がいかない。わたしも普段から運動しているつもりなのに、こんなに差が出るなんて。

「何、人のこと睨んでるんだ小動物」
「ねえ、佐伯くん」

ずっと気になっていたことを訊いてみる。お店に入ったときから気になっていたこと。引き続き不機嫌オーラ全開ながら、反応が返る。

「なんだよ?」
「お店、いつの間に再開したの?」
「……は?」
「だって……」

詳しく訊こうとしたら、かららん、とドアベルの音がした。お客さんが来たんだ。「いらっしゃいませ」と、マスターと佐伯くんの声が店内に響く。佐伯くんが「ただ今お席にご案内します」と柔らかい声でお客さんに言う。わたしの席の横を通り過ぎるとき、小声で注意してきた。「それ飲んだら帰れよ。大人しく」……相変わらず、外向けの顔と素の顔の使い分けがお上手で、と思ってしまう。

それから、ちらほらとお客さんが来て、喫茶珊瑚礁が賑わいだす。お店の中はコーヒーの良い香りと、色んなお客さんの話し声、邪魔にならないボリュームで流れるクラシックギターのメロディで満たされる。この雰囲気、好きだな……と、つくづく思う。

窓辺に視線を移す。波の音に耳を傾ける。グラスの氷が溶けて、からん、と涼しげな音を立てる。風が頬にかかる髪を揺らす。そこで何か違和感を感じた。――何だろう? それが何か、まだ分からなかったけど。もう一度、目を向けた店内では、佐伯くんが忙しく立ち働いている。姿を確認して安心出来たけど、胸がざわつくのはどうしてだろう?



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2011.04.26

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