あなたとわたしがゲキテキな変化を遂げる 冬 #3
夕焼けに染まる海沿いの道。アスファルト上には二人分の影。たまりかねて声を上げた。
「あー、もう!」
振り返った先にはヘンテコな女がいて、急に上げたデカイ声に驚いて目を見開きはしたものの、怯んだ様子はない。名前は海野あかりというらしい。記憶をさかのぼってみても、その名前と顔に聞き覚えも見覚えもなかった。牽制を込めてまた声を上げる。
「ついてくんな!」
「ヤダ!」
まるで子供が駄々をこねるみたいな反応。それは妙にしっくりくる反応だった。だからと言って、見過ごすわけにはいかない。
「ヤダじゃない。俺は忙しいんだ。さっさと自分の家に帰れ」
「だから、方向が一緒なんだもん。途中まで一緒に帰ろうよ」
「だから、何でおまえが俺の帰り道の方向を知ってるんだ」
「だから、今更だよ、そんなこと」
さっきから散々繰り返した押し問答。考えたくもない可能性が鎌首をもたげる。
「……分かった」
「やっと分かってくれた?」
「ストーカーか、おまえ」
「違うよ!」
心底ビックリしたみたいな表情で声を上げた。嘘をついてるようには見えなかったけど、こういうのは本人が強く思いこんでる場合もあるから、油断出来ない。
「だって、そうじゃなきゃ説明つかないだろ。おまえが俺の帰り道知ってるのとか」
「それこそ今更だよ。初めて会ったのも珊瑚礁の前だったのに」
「珊瑚礁? おまえ、何で珊瑚礁のこと知ってるんだ? あ、お客さん?」
「ううん、そうじゃなくて……」
「じゃあ、何だよ?」
「道に迷ったわたしに地図を書いてくれたでしょ?」
確認するみたいに、こっちの顔を覗きこんで言った。記憶を探ってみる。地図? これまでにそういう客が来たのかもしれない。でも、こいつは客じゃないって言うし……。首を横に振った。
「記憶にない」
「……忘れちゃったの?」
また悲しそうな顔。最初に見た泣き顔がフラッシュバックする。ああもう、本当に面倒くさいことになった……とぼやきそうになる。
「人違いじゃないのか? 俺じゃなくじいさんと間違えてるとか……あっ!」
「な、なに?」
じいさんで思い出した。急いで時間を確認する。ヤバイ。そろそろ。いい加減。こんなことしてる場合じゃない。
「早く帰ってじいさん手伝わないと……いいか、ついてくんなよ? 俺は走る」
「わたしも行く!」
頑なな表情。俺が走ったら、本当に一緒になって走りそうだ。ああ、もう……。
「だから……分かった。好きにしろよ、もう」
言って、走り出した。ついて来れるならついて来たら良い。……ついて来れるものなら。
○
急いで走って帰って、店の裏口を開ける。一度だけ、後ろを振り返る。例の焦げ茶色の頭は見当たらない。ふん、口ほどにもない……そういう気分になる。まあ、そういうもんだよな、と自分に言い聞かせる。何のための言い聞かせだ、と思わなくもない。ドアを開ける。案の定、じいちゃんが一人で開店準備をしていた。
「ごめん、じいちゃん! 遅くなった!」
「おかえり、瑛。何だ、走って帰って来たのか」
「うん、ちょっとバタついて……すぐ着替えるから!」
「そんなに急がなくたって、大丈夫さ。まだ開店時間前じゃないか」
「うん、だけど……」
かららん、と店のドアが開く音がした。次いで、転がり込むように人が入ってきた。風にかき回されたのか、焦げ茶色の毛がぼさぼさになっている。
「さ、佐伯くん……足、早いよ…………」
扉に片手をついて、もう片方を自分の膝に置いて、肩で息をして、息も絶え絶えといった様子。思わず、顔に手のひらを当てた。
「ホントについて来やがった…………」
俺のぼやきを知ってか知らずか、じいちゃんは突然の闖入者に温かい声をかけてやっている。
「やあ、これは可愛らしいお客さんだ」
……言っとくけど、こいつは全然そういうのじゃないから。振り払えなかった厄介事の種を横目にため息をついた。
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2011.04.25
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