出発ロビーの入り口へと横付けされたタクシーに料金を支払うと、慌てて車を降りる。腕時計で時間を確認すれば、私の目的地への最終便出発までの時間は差し迫っているものの、今ならまだ間に合う。緊張と不安でドキドキと嫌な具合に早くなる鼓動をなんとか落ち着かせながら、早足に搭乗券購入窓口へと向かった。


「お客様…生憎そちらの便は満席でございます」

息を切らせてたどり着いた窓口で、美しいCAの女性が私に告げた一言は、非情なものだった。

「そんな!そこを何とかならないんですか?家族が倒れたんです、どうしても、今日中に実家に帰らないと!」

「…空席待ちの申し込みも受け付けてはおりますが、お客様の他にもお先にお待ちの方が何人かいらっしゃるので…この便に乗るのは難しいかと」

事の次第を必死に訴えてみようにも、向こうも仕事だ、こういう事態には慣れているのか、興奮する私を遮るように冷静な返答で、とりつくしまもない。


「あ…そう、ですか」

「大変申し訳ありません」


カウンターの向こうで深々と下げられた頭には、これ以上の会話は無意味であるという無言の圧力が秘められているように思えて、私はその場を離れた。最終便もだいぶ飛び立った空港は人もまばらで、広々とした空港のロビーに私のヒールの靴音がやけに響いた。
ちらほらと行き交う人はそれぞれ時間に急いているのか、右へ左へ足早に過ぎ去っていく。そんな中奈々は、様々な方向に進む荷物と人の間をよろよろと歩いて行った。


増す一方の不安感と焦燥感で、頭が上手く働かない。ベンチで休もうと足を前へと進めるが、くらくらと眩暈に襲われ、たどり着く前に膝の力がかくんと抜けてしまった。必然的に尻餅をついた状態になり、下からは床の冷たさがじんわりと伝わってきて、なんだか急に心細さが増した。あの時、何日か前に留守電が入っていたその時に、きちんと連絡を取っていれば…。頭の中はそんな自己嫌悪でいっぱい。


「せっかく佐助さんがあそこまでしてくれたのに…飛行機も乗れないし、怖くて家にも電話かけられなくて、こんなところで…ほんと、何やってんだろ…私」


今にも零れてしまいそうなほど溜まってしまった涙を必死に堪えて、俯いたままぼーっと床を見つめる。自重するように小さく呟いた声は、自分でも笑っちゃうくらい掠れて震えていて、なんだかすごく惨めだ。


「大丈夫か?」


誰かが、俯く私の頭上から声を掛ける。ふらりと座り込んだままの私を、きっと誰か気遣ってくれたんだ。こんなところで座っていたら目立つもんね、迷惑かけないうちに何処かいかなきゃ…。

そう思ったときだった、私の向かいに立っていたその人は、不意にその場にしゃがみ込んで、私の顔を覗きこむ。


「誰かと思えば生意気kittyじゃねぇか」

「え、あ…伊達、社…長?」


目線が合って数秒、目の前に居るのが伊達社長だとようやく気がついて、掠れた声でその名を口にした。


「こんなとこで一体何やって…」


何をやっているんだと、そう聞こうとしたはずの彼の言葉は、途中で途切れた。私の顔をじっと見て、驚いたように目を見開く。


「なんで、泣いてんだ…?」

「…っ!な、なんでもないです」


突然の伊達社長に驚いて、涙を堪えていたことを忘れ思わず瞬きをした時に、涙が溢れてしまったようだ。顔を隠すようにして勢いよく俯けば、つうと涙が頬を伝う。慌ててそれを拭いながら言い訳するものの…目の前からは小さなため息が聞こえてきた。


「何でもない訳ゃねぇだろうが…。何があった、話せ」

「本当に、なにも…」


いつになく真剣な面持ちで私を真正面から見据えてくるから、思わず言葉に詰まった。すると、視線をそらせずにいた私の掌に自分のそれを重ねてくる。そのままそっと握られた手を軽く引き寄せられて、あっという間に縮まる距離。


「いいから、意地張んなよ…。ゆっくり、イチから話してみろ」


ふわりと引き寄せられた腕の中、暖かい体温がじんわりと伝わってきて、張り詰めていた気持ちが緩んでいく。穏やかな声が耳元から聞こえてきて、安心からか…ぽろぽろと止め処なく涙が流れた。

それから暫く、嗚咽を堪えながら伊達社長の肩を借りてひとしきり泣いた。高級そうなスーツが私の涙で汚れてしまうのも、気にしないとでも言うように、ただただ、ギュッと抱きしめてくれる腕から、不器用なやさしさが伝わってくる。


「気が済むまで泣け」







意味をなさない防壁
(必死につくった壁を貴方は簡単に乗り越えてしまうの)






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