風邪で瀕死の奈々ちゃんを拾ったあの日から、なんとなく彼女との距離が縮んだ気がして、気分はうきうきと弾む。ちょくちょく飲みに行く回数も増えてきたし、お裾分けしに自宅へお邪魔したりして、なかなか良い雰囲気なんじゃないの?
なーんて言ってても、そうそう上手くはいかないもので…。気になることがひとつ、あの日から彼女が意識的に口にしない話題がある。それは以前までは飲みに行く度に口にしていたことだ。

バサラ商事の取引先、伊達コーポの、伊達社長の話。

伊達コーポっていったら知らない人はいない程に超有名な企業だ。なにがきっかけかまでは知らないが…奈々ちゃんは彼に目をつけられたらしく、ことあるごとに絡まれるんだと愚痴をこぼしていた。彼女はどうもその手のことに鈍いようだから気がついてないみたいだけど、話を聞くかぎりじゃ伊達社長は奈々ちゃんが好きだ。そんな男の話を、愚痴交じりとはいえ毎回毎回聞かされれば、流石の俺様も妬けちゃうって。

と、まあそのくらい話題に上ることの多かった事なのに、風邪をひいたあの日以来、奈々ちゃんは彼の話を一切しない。単に彼が奈々ちゃんへ興味を示さなくなったと考えるのが俺様にとって一番都合がいいけど、おそらくそんなことはあり得ないだろうなー…残念ながら。

だとしたら、奈々ちゃんが彼を話題に出さなくなった何らかの理由がある訳で…。


「まったく…前途多難だねー俺様の恋路も」


そんな訳で今日は、真田の旦那の実家から届いた野菜をわけてもらって作った煮物を、奈々ちゃん宅に届けに来た。インターホンを押すものの、なかなか出てこないので帰ろうかとも思ったが、往生際悪くインターホンを押し続けたら、なんと反応があり。どうやら居留守をつかっていたらしい。リラックスモードの彼女がどうにも可愛くて、ついつい構ってしまったら驚いたり拗ねたり喜んだり…ころころと変わる表情に俺様の鼓動は早くなる一方だ。


(あーあ、俺様としたことが相当重症だこれは)


今だって何だかんだで飲みにいく口実を作って奈々ちゃんを誘うことに成功し、玄関先で彼女の支度が整うのを待ってるだけで、このテンションだよ?この前の風邪で弱っていた時といい、彼女には隙が多すぎる。うっかりしてると悪い狼さんになっちゃいそうだよ全く…。よく耐えてるよねー俺様、えらいえらい。



「奈々ちゃーん?どうしたー?大丈夫かー」


やけに遅い奈々ちゃんに、玄関先から声を掛けるものの、返事はない。何かあったかな?心配になって、様子を見に行こうかと、声を掛けながら靴を脱いだ。


「奈々ちゃーん、あがるよー?」


反応はないが、もし倒れていたら大変だ。様子を見るため奥へと進んでいくと、リビングにぺたりと座り込んで放心状態でボーっとする彼女の姿が見えた。


「奈々ちゃん?どうした?」

「父が…倒れたそうです」

「え?た、大変じゃん!?今すぐ実家帰りなよ!」

「地方の田舎なので、飛行機じゃないと駄目なんです」

「だったら今すぐ飛行場に行けって!間に合うかもしんないだろ!!ほら、早く!」


彼女の腕をぐいっと引き持ち上げて、無理に立たせた。後悔させたくない、泣かせたくない。どうにかしてやりたい。自分でも判らないくらい衝動的だった。

そのまま彼女の手を引いて、マンションの階段をくだり、住宅街から大通りまでいくとタクシーを止める。


「あ、の…佐助さん?」


訳がわからないまま俺に手を引かれ此処まで出てきた彼女は、息を切らせ驚いた様子で俺を見上げる。


「早くいきな。これ、もって」


無理無理タクシーに押し込んだ彼女に、茶封筒を渡す。中には諭吉が10人ほど。今日たまたま銀行にいったからバックに入っていた、今月の俺の生活費だ。中を確認した彼女は予想どうりそれを俺につき返す。


「受け取れません」

「それだけあれば、飛行機も乗れるでしょ?慌てて出てきて財布もバックもないのに、どうするの?」

「…それでも、こんな大金」

「いいから行きなさいって。後悔、したくないでしょ?運転手さん、空港までお願いね」

「佐助さん!」


タクシーの自動ドアが音をたてて閉まり、ゆっくりと走り出した。たまたまとはいえ現金持ってて本当よかったな〜なんて考えながら、彼女のマンションに向かって歩き出す。管理人さんでもつかまえて彼女の部屋を戸締りしてもらってから、慶次の店にでもいこうかな。







愛だの恋だの言う前に
(彼女の腕をひいて走り出していた俺に、俺自身が驚いていた)






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