いつもの通り、鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばしてそれを止める。目覚ましの音がぐわんぐわんと頭に響くのは、どうやら気のせいではない様だ。ずきり、頭が痛む。二日酔いかと思って体を起こすと、視界がぐらりと歪む。意識がふわふわして、熱い。そこまで思考が辿りついてようやく自分に熱があるんだって気がついた。

昨日、雨の中コートもなしに濡れて帰ってきたから…無理もないか。そこまで思い出して、それと同時に嫌なことまで記憶が蘇った。“貴女みたいな貧乏女が政宗さんに媚を売っているの、すごく目障りだわ”あの強烈過ぎる台詞は、昨夜あれから家へ帰ってきてからも、ぐるぐると私の脳内を回り続けていて、それを払拭するようにサッとシャワーだけ浴びて布団に潜り込んだのだ。湯船に浸かってよく温まらなかったのが敗因なのか…。

どっちにしろ金持ちと関わるとろくなことがないって訳だ。なんでよりにもよって休みの日に体調を崩さなきゃいけないんだ…。


「はぁ…せっかくの休みが」


何とか身体を起こして体温計を取り出し、計ってみれば40℃の高熱。薬箱をごそごそと探ってみたものの…買い置きの市販風邪薬はみあたらない。

(あー、そういえばこの前、使用期限が切れてたから捨てたんだった…)



寝とけば直るかな、とも思ったが月曜日までこじらせたら面倒だ。仕事たまって先輩に迷惑掛けるのも気が引けるし…、って律儀に考えた私が馬鹿だった。

なんとか近くの病院にいく為に、着の身着のまま自宅を出たのはいいものの…。診察を受けた帰り道、どうしようもないほどのめまいに襲われた。ああ、まずい視界が歪んできた。朦朧とする意識の中、ふらふらと住宅街を歩く。自宅までは、あと5分程度の距離なのに。こんな状態じゃ、辿り着けるのかさえ不安になる。くらりと一層強いめまい。上下がどちらか分からなくなるくらいに、視界がかすむ。立っていられない。

でも、どうにか帰らなきゃ。こんなとこで倒れるわけにはいかない。


「もしかして、具合悪い?」


強烈なめまいに耐え切れず冷たいアスファルトに膝をついたと同時、頭上から声が振ってきた。あ、れ…何処かで聞いたことのあるような…声。機能を失いかけた脳みその端で、そんな風に思う。


「おい、大丈夫かよ!?」

声の主を見上げる気力すらなくて、うつむいたまま地べたへとしゃがみ込んでいると、少しあせったような声で問いかけられた。誰だか知らないけど、こんなに酷いかっこした女を気に掛けてくれる人が居るなんて珍しいもんだ。
いや、だってさ。コンタクトも入れられずに眼鏡だし。顔だって恐ろしくむくんでる上に、化粧もしてない。いつもは頑張ってストレートアイロンする髪も、バサバサ。服だって部屋着のままなのだから、いくらなんだって酷すぎる。女として終わってる状態といっても過言でない。この男はきっと、よっぽどの物好きか、よっぽどのお人よしなんだろう。そんな訳のわからないことに思考回路を費やすあたり、私の脳みそは熱でおかしくなっているらしい。よくよく考えれば、親切な人に対して失礼はなはだしい。


「はぁ…しょうがないな」

「……っ!!」


次の瞬間、ふわっと身体が浮いたのが分かった。声を出す間もなく、あたしは見も知らずの人の肩にくの字になって担がれていた。あまりにも予想だにしない事態に、ただなされるがままの私に向かって、その人は問いかける。



「家、帰んの?送ってく」

「え?あ、の…でも」

「立っていられないほどの体調で、こんなとこに放っておくわけにもいかないだろ?」


確かに、ここで倒れたらおしまいだ。ただの風邪で倒れて、近所の人に救急車でも呼ばれて、大事になったりしたら…恥ずかしくてこの町にいられないかもしれない。誰だか知らないけど、この親切な方に頼ってしまおうか。だって、ホントにもう限界…目を開くこともままならない。


いいのかな。重くないかな。なんて。そう思いながらも、意識は遠くなる。駄目だ…今意識を失ったら、この親切な人を困らせてしまう。お言葉に甘えるにしても、家までの道のり…説明…しな、きゃ…。



空想世界の住人
(助けてくれているこの人が、あの人だったら良いのにと、心のどこかで望んでる)



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