眩しくライトが光る逆光の中から現れたのは、いつぞやホテルの前で会ったことのある、あのゴージャス女だった。今日もまた一段と高そうなドレスに身を包んで、もこもこの暖かそうなショールを羽織って、髪の毛はこの大雨の中だってのにふっわふわ。馬鹿社長を尋ねて三千里?といった様子だったお嬢様は、私を視界にとらえるなり、まるで汚いものを見るような様子で上から下まで眺める。すみませんねぇ、汚らしくて。猫の上へとかけてしまったからコートも着てないし、ひとつに結ばれた髪はびっしょり雨に濡れていて、おまけに寒さで鼻は赤かったかもしれない。



「それから…何企んでるのか知らないけど、これ以上政宗さんと関わらないでくださらない?貴女みたいな貧乏女が政宗さんに媚を売っているの、すごく目障りだわ」


去り際に、ゴージャス女が言ったのはそんな強烈な一言だった。少し前まで丁寧な物言いで私を執事に送り届けさせるように指示していた彼女からは想像もつかないような豹変振り。突然私の耳元へと唇を寄せた彼女は…私にしか聞こえないほどの小さな声で囁いた。人は見かけによらないものだと、つくづく思い知らされる。

流石の私もそこまで罵られて、はいそうですかって彼女の執事に送ってもらう気はサラサラない。ご生憎様、私は何にも企んでないし、伊達社長と積極的に関わりたいとも思ってない。まして、媚を売ったことなど一度だってない。冗談御免だ、こっちから願い下げである。傘もいらないし、執事も必要ないときっぱりお断りして、雨の中を自宅に向かって早足に歩き出した。


雨の中、自宅までの15分ほどの道のりを、半分ほど歩いた頃だった。くしゅん、くしゃみをひとつ。流石に冬の雨の中を傘なしで歩くのは凄く寒い。身にしみる寒さに、ふいに置いてきてしまった捨て猫のことを思い出す。今頃どうしているだろう。あのゴージャス女は気がついたって拾うとは思えないし、バカ社長は拾わないって宣言してた。猫の防寒になればと掛けて来た私のコートだって防水じゃない。かなり弱っていたし、大丈夫だろうか。

今からでも佐助さんに電話して、拾ってもらおうか。そう思い至ってバックから携帯を取り出すが、彼に電話をする前に重大なことに気がついた。佐助さんだってマンション暮らしかもしれない…。しかもこんな夜遅くに電話をかければ、迷惑になるだろう。


「ああもう!気になるんだから、とりあえず拾ってこよう」


立ち止まって悩むこと数分、自分に言い聞かせるように結論を声にして、猫の居る場所に戻るべく走り出した。どうするかなんて、明日考えればいい!こっそり、一晩くらいなら私のマンションでだってきっと大丈夫なはず。それに、武田道場で飼って貰えるかもしれないし、だめなら会社で飼い主を探せばいい。


ああだこうだと肯定的な考えを巡らせながら、さっきまでいた場所の近くまで辿り着いて、ひとつ手前の角から様子を伺う。あれからもう10分近く経っているんだから流石にないとは思うけど、もしもまだゴージャス女や伊達社長がいたらとんだ墓穴を掘ることになるので一応確認。ちらりと壁から覗き込んで見えるのは、街灯とその下にあるダンボールだけだった。車のライトの眩しい逆光もなければ、人影も全くない。安心したように、ふうとひとつ息をついてからその場所まで歩み寄る。


「え、なん…で?」


薄暗い道を進んで街灯の下までいってみれば、そこに猫の姿はなかった。私のコートも忽然と消えていて、そこにあるのはさっきまで猫の入っていた段ボール箱だけ。あの子猫は、一体どうしたというんだろう。コートごとなくなっているということは、人間がなにかしら関わっていることは確かだ。誰か拾ってくれたんならいいけど…まさか保健所に?もしそうだったら悔やんでも悔やみきれない。あそこで私が迷いなく拾っていたなら…。感情に任せてあの場をあとにしなかったなら…。考えれば考えるほど、気分はどん底に落ちていく。あああ、ネガティブなんてらしくない!誰かに拾われたんだと信じて、帰ろう。


歩き出そうとしてふと、猫の入っていた箱が目についた。深く吐いた溜息は、体が冷え切っている所為か、こんなに寒いのに白くない。街灯の下に取り残された、びしょびしょでボロボロのダンボール。なんだかそれは、コートも着ないで傘もなくて、雨ざらしで立ち尽くしてる今の私みたい。


“貴女みたいな貧乏女が政宗さんに媚を売っているのは、すごく目障りだわ”

住む世界の違いを改めて感じた一言を、不意に思い出した。そんなこと、初めから分かりきっていた事だ。私がなんと言い訳をしようが、貧乏女が金持ち社長に媚を売っていると、傍からはそう見えるんだ。別に、今まで通り関わらなければ良い。大嫌いなままでいれば良かったのに、中途半端に関わったからこんなことになったんだ。金持ちの嫌な奴だって、今までみたいに思って、避けていれば良い。


「将来を誓い合った仲、か…」


どうしてそんな人を放っといて私なんかに構うのか…馬鹿社長の考えてることはよくわからない。私のちっぽけな思考回路はぐるぐると音をたててフル回転してる。やはりセレブの価値観は、貧乏人には理解不能なのだと、そう結論づける他ない。




弾け飛ぶ回路
(いなくなった猫と同じくらい伊達社長が気になるなんて、何かの間違いだ)






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