駅までの道のりはそう長くなかった。結局駅に着くまで手を離すタイミングがつかめなかった私は、未だに繋がれたままの手に視線をうつす。私の腕を軽く引くようにして前を向いて歩く伊達社長の表情がどんなものであるかは知りようもないけれど、繋がれた手は触れ合ったところだけ妙に温度か高く感じた。

駅の屋根の下に入るのには傘をたたまなければならないから、どちらともなく繋いでいた手を離した。離した掌に、冷たい空気を感じて少し寂しい気持ちになる。

(ん?寂しい…?ふ、雰囲気に流されちゃだめだ。目を覚ますのよ奈々!何処まで行っても馬鹿社長は馬鹿社長なんだから!)

きっと少し酔っているんだ、そうに決まってる。ドキドキと次第に早くなる脈に、何度も何度もいい訳をした。夜も遅い駅には人も疎らで、家路を急ぐサラリーマンが早足にあるいてる。冷たい風に、身震いをひとつ。


「あの…、あ、ありがとう…ございまし、た?」


わずかな沈黙になんともいえない緊張を感じてしまう。それを打破するべく、たどたどしくもお礼を言って伊達社長を振り替えると、どうした訳か彼は眉をひそめて不本意そうな顔。


「Ah?なに勝手に此処でお別れ、みたいな雰囲気つくってんだよ。俺も電車のるぜ?」

「はい?」

「あのなぁ普通…最寄り駅から家までが危ないんだろうが…」


まあ、言われてみれば確かにそうだが…彼にそんなまともな意見を聞かされるだなんて驚きだ。この人でも他人様の心配をすることなんかあるんだな、と思わず呆けていれば伊達社長はスタスタと改札に向かっていった。すっと財布から出した何かを改札に通そうとしている。

その様子を立ち尽くしたまま少し離れたところから見ていると、程なく派手な音をたてて改札のバーが閉まり、彼の侵入を阻んだ。は?え、なにやってんのあの人…。“係員のいる改札におまわりください”って…いったい何を改札につっこんだというのだろう。


「えーっと、伊達社長?なに、なさってるんです?」

「知らねぇよ…イオカード通したら改札が閉まった」

「イオカード…!?え、それ本気でいってます?」


確かにイオカードと言えば数年前まで当たり前に使えた代物だが、それはICカードが普及するまでの話だ。ピッとするだけのICカードが主流となった今、イオカードは既に改札での利用も終了している。従って…そんなものを改札に突っ込めば、通過できるはずもない。


「本気も何も、なんで残金の残ってるカード入れてんのに止められんだよ…ふざけやがって」

「(ああ、この人ほんとに駄目だ…)あの、伊達社長?」

「なんだよ、早く駅員呼んでこい」

「あのですね…、最後に電車に乗ったのっていつですか?」

「Ah?何だよ急に」

「いいから教えてください」

「?…ったく、本当に変な女だな。たぶん大学を卒業して以来だ」


ふーん、大学卒業して以来ね。じゃあ軽く三年以上は乗ってないってこと…。ならイオカードでも仕方ないか…。まあたしかに、チカ先輩の話によれば大学出てすぐ社長になったんだからまあ無理もない。
ながーいリムジンに乗っちゃうような社長さんが電車なんか乗るはず無いとは思ったけど…改めて聞くと腹立つわ。きっと、生まれてこの方乗ったことないとか言ったら張り倒してるとこだったに違いない。

乗る気満々の伊達社長は、放っておいたら今にもイオカードの件について駅員に文句を言いに行きそうだ。そんな彼の連れだと思われるのは恥ずかしすぎる。仕方ないので急いで券売機でICカードを購入して伊達社長に差し出せば、案の定不思議そうに首をかしげた。


「なんだ、これは」

「最近お乗りになってないそうなのでご存じないと思いますが、いま普及してる乗車カードです。これをピッと改札のあそこに翳して通ると清算されるんですよ」

「なるほどな、これがあのピッとするやつか。噂には聞いてたが使う機会がないからな」


興味深げに裏表を見回しながらそういう姿は、貧乏人の私からすれば嫌味にしか聞こえない。あーなんか私、この男といる所為でだんだん卑屈になってない?
自問自答をしながら暫く伊達社長の様子を見ていたが、ホームから“まもなく電車がまいります〜”というアナウンスが聞こえてきたので、ハッと我に返って伊達社長を促した。


「それ、差し上げますからもう行きましょう」

「ああ、Thanks。まさか、あんたから物を貰う日が来るとはな」

「すみませんね、貧乏人から物を貰うなんて心外でしょうが急いでるんで我慢してください」


そんな憎まれ口をたたく私は、やっぱりこいつのせいで随分と卑屈になったようだ。けれどホームに向かって小走りで階段をあがる私の後ろから聞こえてきた伊達社長の一言は、そんな卑屈な私とは相反するものだった。


「んなことないぜ?Honeyからの贈り物だ、これでも結構嬉しいと思ってる」


素直にそう返した伊達社長の言葉に私の心臓は跳ねる。それが悔しいから聞こえない振りをして、ホームについた電車に乗り込んだ。



錯覚だと思い込む
(私を小馬鹿にしたようなそんな一言のはずなのに、照れてしまう自分が悔しい)






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